タイランドはワンダーランド 2
最近、世界中でランニングがブームだが、そもそもなぜ人は走るのだろうか?
....................................と、ふと誰に頼まれたわけでもないのに考えることがある。
というのも、今回のぼくの極秘ミッションの最大目的は42.195kmを走ることにあったからである。
一つ言えることは、体脂肪を燃やすために走ることが許されている人間は、この地球上でも非常に恵まれている部類に入るということに他ならない。
さて、本題。
人生初のフルマラソンを翌朝に控え、ぼくはその晩10時にこっそりと宿泊先のDusit Laguna Resort のプールへと向かった。適度に泳いで少し疲労を身体に与えたほうが、よく眠れると思ったからである。
南国に海に面した、ひょうたんのような形をしたプールの大きさはテニスコート一面はあるだろう。
薄暗いプール内のライトが、ゆらゆら水を揺らしている。
三十度!?ほどの蒸し暑さを吹き飛ばそうと、ぼくが水着一枚になるとプールサイドでいちゃいちゃしていたタイ人のカップルが、迷惑そうにその場を去っていった....
「ああ、また純粋な他人の恋の行方を妨害してしまった......」
罪の意識を感じること2.3秒。
ぼくは沖縄の渡嘉敷島周辺のトビウオよりも素早く、青いシロップに飛びこんだ。
目を覚ましたのは、深夜三時。
モーニングコールは四時にしていたのだが、体内時計が作動し目が覚めたのである。
「体調は万全だ、よし、勝てる」
根拠不明の自信が、モクモクとフクラハギからこみ上げてくる。なんて幸せなんだろう、オレの思考回路は、と一瞬素に戻る。
5star hotelの40畳ほどの巨大ルームの窓際のテーブルに、「タイのフルーツ」が盛られていた。
糖分、シュガーを取るんだ。
ぼくはバナナ、オレンジ、ライチーなどを無我夢中で頬張った。これが後に、PUKEしそうになる引き金になることなど思いもしなかった。
部屋で入念にストレッチをしていると、ふと睡魔に襲われ寝てしまった。が、四時にモーニングコールが鳴り、復活。
ホテルのロビーでSuper OrganizerのGreen green氏、さらに共に初マラソンに挑むラジオ・ディレクターのフィデル・カストロ氏と合流。
「勝てそうですか?」とGG氏。
「ええ、きのうも勝利の夢を見ました。二時間三分台でいけそうですね」
沈黙。
GGがその時、にやっとした。ぼくの法螺にはすでに慣れているはずだが、今度こそは愛想をつかした、そんな清清しい笑みがそこにあった。
ついに本番。42.105kmに挑む
余談だが、以前何度かマラソンランナーの長谷川理恵ちゃんと言葉を交わしたことがある。
ぼくは鎌倉出身だが、彼女もグウゼンにもそうである。ハワイの海で"Star Navigation"、羅針盤やコンパスを使わず、すなわち星を見て舟の現在位置を確認し、目的地に向かうという古代航海術をなんと今現在、21世紀もやっている日本人がおり、(ホクレア号という舟だったと思う)彼の公演を三崎港で聞きにいったのが三年ほど前。
その時に、理恵氏に「なんで風と共に去るように走れるの?」と聞いたのだ。
確か何かで彼女のベストタイムが三時間十七分ぐらいというのを、読んだことがあったからである。
「ええ~ べつにぃ」 とR氏は謙遜したが、そのタイムが決してアマチュアレベルのものではなく、いかに偉大なものかを、結局ぼくは南国のプーケットという島で痛いほど思い知らされることになる。
いや、言うまでもなくこのマラソンは、じつに「星一つ見えない深夜の"Star Navigation"」のようであった。
行き先のない、まさに盲目の旅。
走っても走っても、そこはココナッツの木。
それでもぼくは、優勝を宣言した。本番前に言論の自由をどう駆使しようとそれはタダだし、チキン星雲出身のぼくとしては、そうすることで自分を鼓舞するしかなかったのである。
ついにベールを脱いだ"DoraeMonster"
朝四時半。
あたりは真っ暗だ。気温は少し熱気を感じるぐらいで、気持ちがいい。
ホテルからスタート地点まで歩くこと、約十分。送迎バスもでていたが、「ここを歩くことこそ、最高のWarming up なんだよカストロ」と、天満屋のマラソン部主任のような口調で語る小生。
ちなみに、このカストロ氏は佐賀県出身。年齢不詳。
最初見たときは「都内の大学院生にちがいない」と思ったが、渡辺美里のMy Revolutionあたりのメロディに食いついてくるところを見ると、ぼくの推測は間違っていたようだと十三分後に確信。
爽やかなハンサムガイの彼も、今回はマラソン初挑戦。
ジムに通って二、三ヶ月トレーニングを積んだらしく、今回は鬼塚タイガー(Asics)の超上級者モデルの靴でノゾンデいた。オレの心ほどではないが、とにかく軽い。
それに対し、ぼくは去年の"Oxfam 100km 山越えレース"用に渋谷のABC Martでバーゲンで買った黒いNIKE。前回のPhuket Marathon(10km) もこれで走った。一般的にSports shoesは500km をメドに履き替えることになっているらしいが、このNIKE(とりあえずマンゴーというあだ名をつけてやろう)は、かれこれ466KMほど走破している感じだ。AIRのクッションは健在だが、初心者モデルなのでそこそこ重いし、裏のゴムはツルツル。
五時前。
新宿高島屋のTokyu Handsで525円(税込み)で購入した、ドラえもんのお面を被り、スタートラインにつく。
視界を広げ、呼吸ができるようにするため、名古屋のトヨタで働く友人のJERRY氏に鋏で三週間ほど前に(彼が上京した時に)「改造」してもらった、まさに「世界のトヨタマスク」である。
ただ、動画でご覧になった方もいると思うが、あれはどうみてもドラえもんというより、プロレスターのマスクに近い。
Pai looooooooi! (行け、この野郎、いけ!)
というスタートの合図と共に数百人のランナーが一斉にスタート。
このPhuket International Marathonには、総勢四千人が参加したようだが、さすがに南国でフルに挑む人は少ないらしく、
一番人気は10km、つぎは5km walk かハーフマラソンだったかと思う。
光栄なことに、今回のGreen Green Toursから、DoraeMonsterとカストロ議長のために「専属撮影部隊」が出動。
カメラマンは湘南の西郷隆盛こと"RiCKY".
豪快な笑顔とお腹、そこから出る声はパワフル。ぼくもこのツアーで初対面だったが、海のサーフィンやバイクなどアウトドアの雑誌を作ったり、湘南や横浜の大きなイヴェント企画運営などを手がけているモンスターである。
「しっかり走れよどらえもん!」
愛情のこもっているのか、あきれているのか識別できない彼の声援がお面顔に流れてくる。
撮影部隊のほかの二人は、スパイのおじさんの"Shachore"、そしてGG。
初マラソン初優勝であるはずが、じつはとんでもない長旅に似非ドラえもんが気付くのに、時間は大してかからなかった。
(To be continued....)