ダライ・ラマに会いに行ったときのお話
インド経由
ダライ・ラマに会いに行った時の記録を書こう。
チベットの亡命政府があるインド北部のDharamsalaにぼくが行ったのは、一年ほど前のこと。
首都のNew Delhiから朝一番の特急に乗って、5時間ほど揺られて着いた町、アムリットサルには「黄金の寺院」があった。ヒンズー教徒たちの中でも頭にタオルのようなターバンを巻いているシーク教の人々の聖地である。
ちなみに信者は1800万人ほどいるらしい。オランダの人口とほぼ同じだと思うと大した数。
同行していた”国際的スパイ・ガール”(彼女がそう呼べという)の”E号”は、漫画キャッツアイの瞳とルイ姉を足して、それをキャメロン・ディアズでロックで割ったような国籍不明人。
恐る恐る黄金の寺院に入ると、まず「靴を脱げ」とスタッフが言う。
Cloakのような所に預け、ついに黄金の世界へ突進。入り口に水で洗う箇所があるので、そこで清めた後、ぼくらは初日の出のように眩しいそのGoldenな輝きの寺院の前で、立ったまま合掌した。
そのときである。
「あ、神様に失礼だから帽子をとらなきゃ」とぼくとキャッツアイは気づいたのである。
脱帽し、再び二礼二拍手一礼..............はしなかったが、十秒ほど目を閉じてお参りをした。目を開けたとき、ぼくらは完全に喧騒の中心にいた。そう、シーク教徒たちに取り込まれていたのである!
「な、なんなのこの人たち」とキャッツ。
彼らの目は刺すようで怖い。その数、最初は十人ぐらいだったのが二十人とあっという間に膨れ上がる(インドって本当に人が沢山いるのね。十億人だもの。。。。日本の限界集落に分けてあげたいぐらいだ)。
彼らはヒンズー語(だと思うが)、「xxxxx!!! xxx! xxxx!」と泣き喚くようにぼくらに罵声を浴びせている。褒められていることはない、というのは馬鹿でもわかる。その逆だ。
「殺される、殺されるわ」とキャッツの顔がみるみる青ざめていく。
そのときだった、ぼくは気づいたのである。
「帽子、帽子だキャッツ。はやく被るんだ!」
「え、ええっ?」
マーケットで10円で買ったボロいキャップを被ると、群集の嘆きは一瞬にして収まった。そう、何を隠そう、シーク教徒の習慣というのは「どんな時でもターバンで頭を隠す」という行為のもとに成り立っていたのだ。よって、彼らにとって聖なる黄金の寺院の前で素肌ならぬ「素アタマ」になることは、我慢ならない冒涜にあたるのだ!
女の子でいうと、ノーメイクでお見合いに行くようなものだろうか(なかにはすっぴんツルツルギャルもいるが。。。)
とにかく、だ。
日本の神社で帽子を被るなんて言語道断だが、それがアムリットサルでは「由緒正しい行為」に当たったわけである。世界は広い、そして難しい。
ボロにバスでダライ・ラマのいるDharamsalaへ
命拾いしたぼくとキャッツは、その晩は現地で一泊。
翌朝六時、夜明け前のおんぼろバス第一便で、Dharamsalへ向かう予定だったのだが、ぼくは前の日から”Gary Oldman"(ゲーリー・オールドマン)で、あわやバスに乗り遅れるところであった。バスターミナルにある有料トイレから出てこれなくて「乗り遅れるんじゃないか」とハラハラしながらも、お尻にtissue を挟んだままバスに乗り込んだ頃には焦燥し切っていた。
「大丈夫ですかぁ?」とキャッツ。彼女は正露丸のような女で、めったに下痢にならないらしい。
さて、バス。
30年前に作られたのではないか、と思うぐらいのインド最大財閥、TATA製のこのバスはエアコンがないのはもちろん、ハチ公バスのような電子掲示板もなければ、京急バスの降車ボタンもない。ないものづくめ。あるのはイスだけ。
窓からは馬糞のような空気がモーモーと入ってくる。バスからの排気ガスも「毒ガス・クラス」で、東京都のディーゼル車規制に引っかかるであろうことは確実。
インド北部の集落は無法地帯で、左右に出店があるが信号はないので群衆はバスや車があっても体当たりしてくる。東京海上保険の代理店のないこの片田舎で、対人事故を起こした人は逃走するんだろうな、と勝手にぼくは考える。本当にDSのゲームのように人が出て、バスを3ミリぐらいのぎりぎりのタイミングで避けていくのだ。
「命は地球より重い。大切にしませう」
と平和教育しているどこかの島国とはえらい違いだ。人間のバイタリティに溢れているのだ。「細胞一つ一つが活性化していくようだぜ、畜生」と内心叫ぶ、ゲーリー・オールドマン(お尻にはまだtissue三枚)
TATA号は、二、三時間後にはついにアルプス地帯に入った。
「みてゲーリー、エベレストよ!」とキャッツが叫ぶ。
勘違いも甚だしい。が、確かに先方に牛乳のように白いアルプスが見えてきた。ただ、確かに我々が目指しているDharamsalaは、チベットとヒマラヤ山脈を挟んで反対側に位置する標高1700メートルほどの場所なのである。気温もかなり低くなってきたので、長袖を上から着る。超崖っぷち沿いをボロバスは毒ガスをまきながら登っていく。たまに「がすん、ぼん」とエンジンがパンクしたような音がして、「ぶるうううううう」とエンジンがうなる。その間は前進しない。
「おれはここで死ぬんだろうか」とゲーリー。
地球温暖化を促進すること六時間。キャッツとゲーリーはついにチベット亡命政府のあるDharamsalaに到着。
「やったねゲーリー」
「よく寝れたかいキャッツ?」
ぼくが冷や冷やしながら乗っている間、彼女はいびきをかいて寝ていたのだ(そう見えた)。
「ダライ・ラマの説法を聞きにいこうぜ!」
我々はバスを降り、チベット仏教の寺院にいった。そこには欧米からのヒッピー崩れとしか思えない白人軍団がうろうろしていた。「なんじゃああの刺青は?」
ヒッピー崩れの白人というのは、妙に東洋文化に憧れているのが多く、漢字の刺青を入れていることを誇らしげに見せるのがよくいる。ぼくが見たのも例外ではなかった。デンゼル・ワシントンを白人にしたような兄ちゃんは、「彼女」と刺青してあるではないか。
"Are you crazy?" ゲーリーは聞いた。
"What u mean pal?"
"On your fat arm, it says "Girlfriend"..I mean, you gotta be nuts"
"G.....girlfriend??? oh fuck...u serious?" 彼は自分の腕に何が彫られているかの意味さえもしらないのだ。ようは「漢字であればかっこいい」程度の認識しかない。
ああ、知らぬが仏。言うんじゃなかった。。と三秒ほど後悔するゲーリー。
デンゼルの顔は蒼白状態だ。キャッツはいつの間にか消えている。
行方不明の猫、まさにキャッツだ。
落胆千万のヒッピー、デンゼル。。。。それもそうだろう、Avril Lavigne's "Girlfriend" じゃないんだから。親愛なる読者の君だって、もしも自分の身体に「彼女」とか「彼氏」、「親父」とか刺青してあったらどう思うだろう?
しかしデンゼルは強がって言った。
"dun wry man, no white man understands wat it says u kno....."
"oh yea, u r da man" ぼくは彼の肩を慰めるように叩きながら、さりげなく聞いた。
「ところで、我らがダライ・ラマに会いたいんだけどどこに行けばいいんだい?」
「ou.....ダライだったらオレもぉ今朝、説法を聞きにいったけどぉ、何日か続いた説法の講習カリキュラムも、今朝をもってすべて終了したぜェ」
ヒッピー崩れ特有の下品な語り口調で、デンゼルは言った。
「終わった?ってことは」
「もう当分説法はやらないっていってたぜェ」
"O...ou........." ぼくは頭の中が真っ白になった。
「でもthat guy(アイツ)は最高だよ。しゃべっている間、ずっとニコニコしてるんだぜェ」
「nico nico?」
"yea, nico nico"
「ダライ・ラマの笑顔をみてるだけでェ、ハッピーになっちゃってェ」
結局、このアル中のようなしゃべり方をするデンゼルの言うとおり、その日の朝をもってダライ・ラマの説法期間は終了していた。
ぼくは失意のあまり、その場で漏らした。
北京オリンピックも、そろそろ正露丸が必要になってきたようである。