四十℃のタイの海辺で見たちょっと違う「ほりえもん」 Thai Episode 3
オレが堀江門の二年六ヶ月の実刑判決を知ったのは、タイの海辺リゾート、Hua Hinだった。
しかも執行猶予なしという厳しい判決。
オレはコンドのLOUNGEでLEOビールの缶を片手に、CNNの画面に見入った。そう、CNNが裁判の結果を速報していたのである。
ところが、である。何かがちがう、何かが。目を細めてじーっとみると、堀江=HOREI=ホレイ になっているではないか! 写真をみてくれ、写真を。
世界的な報道機関と言われているCNNもせいぜいこの程度なのか、と思うと苦笑してしまったYujiro Tubeであった。だって報道において名前を間違えるなんてありえないこと。記事の信憑性に関わる重大な出来事だ。
海外のメディアは堀江門に極めて好意的である。
オレは2005年の九月十一日の衆議院選前に、彼が有楽町の外国人記者クラブで講演するのを「タイ人記者」のふりをして聞きに言ったことがあるが、外国人メディアは堀江門のことを「日本の旧勢力をぶっ壊したTYCOON(大物実業家のこと)」として、大いに評価していたし、それは今になってもそうだと変わらないと思う。現にCNNのキャスターは今回の実刑判決を報じつつも、堀江門に好意的に話しているようにみえた。
でもWHY?
オレが思うには、基本的に外国人というのは日本という国、および日本人に対してある種の閉塞感・不気味さ・苛立ちを四六時中感じているのだ。日本人は顔がみえない、自分の意見をもっていない、WA=和を重んじるばかり仮に意見があっても言わない、最近の東北電力や東京電力や不二家のような企業不祥事があるたびに役員総出で頭を下げて誤って終わりで、結局背責任がどこにあるのかはうやむやのまま.......などなど、契約社会で言うべきことはなんでも表現する欧米人からみれば「じれったい社会」に日本は写るのだ。
それを「稼ぐが勝ちだモン!」とさらっと言った堀江門は、当然彼らには親近感を抱ける存在だったのだ。
その堀江門とYujiro Tubeの唯一の「接点」は、かつてオレが通っていたGYMトータル・ワークアウトだった。ジムで話したことはなかったが、彼が逮捕される一ヶ月ほど前に青山子どもの城の隣りにあったROYAL HOSTで、オレは彼と十分ほど立ち話したことがある(メディアクリエーターの高城剛さん主催の貸切パーティだった)
Yujiro Tube: ほ、堀江門さんですよね
ほ:はい
Y:ジムで何度かみたことありますよ。Bコースでしょいつも
ほ:まじ?みられてたんだ。やっべー
Y:ところでぼくはタイに住んでいたことがあるので、もしライヴドアをバンコクで展開することがあれば、オレが一肌脱ぎますよ(酔った勢いでなぜか突然売り込むYujiro Tube)
ほ:あ、そうなんだ(軽く流す)。タイと言えば何が一番美味しいか、知ってる?
Y:は? まあ屋台で食うバーミーナーム(ラーメン)でしょう
ほ:ちがうちがう、フカヒレ、これがウマいんだよ
みたいな会話を交わしたわけだが、タイでフカヒレが美味しいという味覚をオレが疑ってしまった次第である。グルメといわれている堀江門にしては、あってはならないことだ!BKKで大金払ってフカヒレだなんて。きゃつは本当にウマいタイ料理を食ったことがないんだな、と唇をかみ締めたYujiro Tubeであった。
そういった意味で、彼の味覚というか感覚はちょっぴりクレージーといえよう。
Anyways, 今回の実刑判決に話を戻そう。
ライヴドアの粉飾額は五十三億円といわれているが、山一證券は二千億円の粉飾、日本長期信用銀行は三千百億円の粉飾だった。堀江門は執行猶予なしだが、山一も長銀(否認したのに)もしっかり執行猶予がついていることを考えると今回の判決はマイク・タイソンばりに「HEAVY]な判決といえよう。別に堀江門の肩を持つわけではないが、常識的に考えて今回の判決には違和感を覚えざるを得ないYujiro Tubeであった。
最後にひとつ付け加えると、今日三月二十五日はEU結成五十周年である。
それでたまたまオレはスロヴァキア大使館の友人に誘われ「五十周年記念パーティ@六本木ヒルズ52F」に言ってきたわけだ。1200万人の大都市TOKYOの夜景は美しかった。高所恐怖症なYujiro Tubeは窓際すれすれまではいけないのだが、ちょちょちょこっと下を見下ろすと六本木ヒルズ・レジデンスがあるではないか。家賃二百万円の堀江門の家が、である。
「そっか、あの家でもフカヒレを西村ミホらに料理させていたにちがいない」などと、どうでもいいことを考えながらも、タイで見たCNNの「HOREIモン」表示のことが一瞬脳裏をよぎり、一人で気味悪い笑みを浮かべてしまったオレであった。
この裁判は必ず最高裁までいくだろう。
どういう結果になろうとも、いえることは一つ。日本という国を「出る杭は打たれる国」のままにしていてはだめだということだ。悪は当然裁かれるべきだが、「人に迷惑がかかるから新しいことにはチャレンジしない」という島国的発想、受動的発想のままでは日本の二十年後はないだろう。
エコも大事だが、エゴもある意味で国益にかなうということを我々は忘れてはいけない。
しかも執行猶予なしという厳しい判決。
オレはコンドのLOUNGEでLEOビールの缶を片手に、CNNの画面に見入った。そう、CNNが裁判の結果を速報していたのである。
ところが、である。何かがちがう、何かが。目を細めてじーっとみると、堀江=HOREI=ホレイ になっているではないか! 写真をみてくれ、写真を。
世界的な報道機関と言われているCNNもせいぜいこの程度なのか、と思うと苦笑してしまったYujiro Tubeであった。だって報道において名前を間違えるなんてありえないこと。記事の信憑性に関わる重大な出来事だ。
海外のメディアは堀江門に極めて好意的である。
オレは2005年の九月十一日の衆議院選前に、彼が有楽町の外国人記者クラブで講演するのを「タイ人記者」のふりをして聞きに言ったことがあるが、外国人メディアは堀江門のことを「日本の旧勢力をぶっ壊したTYCOON(大物実業家のこと)」として、大いに評価していたし、それは今になってもそうだと変わらないと思う。現にCNNのキャスターは今回の実刑判決を報じつつも、堀江門に好意的に話しているようにみえた。
でもWHY?
オレが思うには、基本的に外国人というのは日本という国、および日本人に対してある種の閉塞感・不気味さ・苛立ちを四六時中感じているのだ。日本人は顔がみえない、自分の意見をもっていない、WA=和を重んじるばかり仮に意見があっても言わない、最近の東北電力や東京電力や不二家のような企業不祥事があるたびに役員総出で頭を下げて誤って終わりで、結局背責任がどこにあるのかはうやむやのまま.......などなど、契約社会で言うべきことはなんでも表現する欧米人からみれば「じれったい社会」に日本は写るのだ。
それを「稼ぐが勝ちだモン!」とさらっと言った堀江門は、当然彼らには親近感を抱ける存在だったのだ。
その堀江門とYujiro Tubeの唯一の「接点」は、かつてオレが通っていたGYMトータル・ワークアウトだった。ジムで話したことはなかったが、彼が逮捕される一ヶ月ほど前に青山子どもの城の隣りにあったROYAL HOSTで、オレは彼と十分ほど立ち話したことがある(メディアクリエーターの高城剛さん主催の貸切パーティだった)
Yujiro Tube: ほ、堀江門さんですよね
ほ:はい
Y:ジムで何度かみたことありますよ。Bコースでしょいつも
ほ:まじ?みられてたんだ。やっべー
Y:ところでぼくはタイに住んでいたことがあるので、もしライヴドアをバンコクで展開することがあれば、オレが一肌脱ぎますよ(酔った勢いでなぜか突然売り込むYujiro Tube)
ほ:あ、そうなんだ(軽く流す)。タイと言えば何が一番美味しいか、知ってる?
Y:は? まあ屋台で食うバーミーナーム(ラーメン)でしょう
ほ:ちがうちがう、フカヒレ、これがウマいんだよ
みたいな会話を交わしたわけだが、タイでフカヒレが美味しいという味覚をオレが疑ってしまった次第である。グルメといわれている堀江門にしては、あってはならないことだ!BKKで大金払ってフカヒレだなんて。きゃつは本当にウマいタイ料理を食ったことがないんだな、と唇をかみ締めたYujiro Tubeであった。
そういった意味で、彼の味覚というか感覚はちょっぴりクレージーといえよう。
Anyways, 今回の実刑判決に話を戻そう。
ライヴドアの粉飾額は五十三億円といわれているが、山一證券は二千億円の粉飾、日本長期信用銀行は三千百億円の粉飾だった。堀江門は執行猶予なしだが、山一も長銀(否認したのに)もしっかり執行猶予がついていることを考えると今回の判決はマイク・タイソンばりに「HEAVY]な判決といえよう。別に堀江門の肩を持つわけではないが、常識的に考えて今回の判決には違和感を覚えざるを得ないYujiro Tubeであった。
最後にひとつ付け加えると、今日三月二十五日はEU結成五十周年である。
それでたまたまオレはスロヴァキア大使館の友人に誘われ「五十周年記念パーティ@六本木ヒルズ52F」に言ってきたわけだ。1200万人の大都市TOKYOの夜景は美しかった。高所恐怖症なYujiro Tubeは窓際すれすれまではいけないのだが、ちょちょちょこっと下を見下ろすと六本木ヒルズ・レジデンスがあるではないか。家賃二百万円の堀江門の家が、である。
「そっか、あの家でもフカヒレを西村ミホらに料理させていたにちがいない」などと、どうでもいいことを考えながらも、タイで見たCNNの「HOREIモン」表示のことが一瞬脳裏をよぎり、一人で気味悪い笑みを浮かべてしまったオレであった。
この裁判は必ず最高裁までいくだろう。
どういう結果になろうとも、いえることは一つ。日本という国を「出る杭は打たれる国」のままにしていてはだめだということだ。悪は当然裁かれるべきだが、「人に迷惑がかかるから新しいことにはチャレンジしない」という島国的発想、受動的発想のままでは日本の二十年後はないだろう。
エコも大事だが、エゴもある意味で国益にかなうということを我々は忘れてはいけない。