Dear Ladies and Gents.
2008円にまで株価が低迷することはないだろうが、あと5日で2008年は幕を閉じる。
みなさんにとって、今年はGreat Yearでしたか?
エロティックな年でしたか?
エグゾティックな年でしたか? それともマゾヒスティックな一年でしたか?
秋葉無差別殺人事件から、一ドル八十円台まで様々な事件に事欠かなかった2008年でしたが、つい最近、ぼくに”もう一つの事件”が発生。そう、じつに不思議な商品を近所の超高級スーパーでみつけたのである。
これをまず、ご覧いただきたい。
素晴らしい商品。なんとコラーゲンたっぷりでAnti-agingだという約2000円のこのクリームは、お尻に塗るだけでヒップが若返るという。周囲にセレブっぽいおばちゃんが何人からちらほらいたが、ぼくは堂々とこの”お尻専用”のクリームの「サンプル」(置いてあった)に人差し指を突っ込み、ホッペにたっぷり塗ってみたのである。
お尻に特化し、お尻だけを若返らせるというこの”キセキのクリーム”。バンドGReeeeN! の歌(TBSドラマの主題歌)のタイトルのように「奇跡」を起こせるのかどうかわからないが、このコンセプトが新しいということだけは確かだ。
感触は、ヌンめりしたジェルのようで、臭いはGood.
何年か前に、ぼくは第四十二代米国大統領のビル・クリントンを目白のFour Seasons Hotelで随行した経験があるが、あの時のビルは、「甘い高級メロンとアルマーニーのフラグランス」的な香りがした。そう、今回の「ヒップクリーム」は一瞬、ヒラリー次期国務長官の夫のセレブな香りを彷彿させてのであった(モニカ・ルインスキーをKOしたのも、あの香りだったのだろう)
周囲のオバハンらはともかく、レジにいた27歳ぐらいのクロぶち目がねの小太りのお姉さんが、「お尻クリームを顔にたっぷり塗っている」ぼくを見て、明らかにセコムに通報する直前のような表情をしていたが、ぼくはためらわず、「これをお尻に塗ったら、本当にこの世の女性たちのお尻はanti agingの効果を発揮するのだろうか?そして、この写真のようにお尻がキューンと空に向くのだろうか?ジェ二ロペのように?Shall we dance? 」と空想しつつ、さらにフェイシャル・エステ風に顔に塗り続けた。
お尻は平和の象徴である
地球上に必ず海が存在するように、人間であれば誰でもお尻を持っている。
今回のコラムでは、この”お尻”という視点から地球温暖化を解決できないかを探ってみたい。いや、もはや結論ありきで「お尻こそ温暖化をsolveする」という仮説(Hypothesis)が成立するかどうか、追求してみようではないか。(理由は聞かないでいただきたい。なぜならば存在しないからだ)
とりあえずこの”暴挙”に挑んでみよう。
人は誰でも呼吸する。
酸素を体内にいれ、それを含んだ血液が身体を循環し、摂取した豚ステーキの栄養分を体内に届け、ラストシーンは洋式便所へのじゅうたん爆撃という、お決まりのパターンである。
即ち、お尻は排泄物=体内のゴミを排出する場所として機能しているわけだ。(より正確には肛門だが)
現代人は、ゴミの大量排出という点では天才である。それは名人芸ともいえる境地にも達しており、日本人は年間に東京ドーム141杯分のゴミを家庭から「生み出している」。
江戸時代の日本人は、非常に賢く、「ウンコを肥料として」売っていた。これは事実である。
口臭よりもずっとクサイ「公衆便所」をそのために設け、できたてホヤホヤのウンコを買い取る業者が実際に存在していた、とぼくはかつて何らかの文献で読んだ記憶があるし、それは資源の有効利用という意味ではホールインワンの価値があったわけだ。
ところが、21世紀現在では排泄物は下水道に流され、汚水処理施設で12時間かけて ”浄化”され、再びみなさんがトイレのレバーをひねると、それを流してくれる。
お尻=汚物=ゴミ=下水
という、どうも説得力のない流れになってきたので、再び今回の主題であるお尻の偉大さに焦点を戻したい。
何を隠そう、二週間ほど前の12月8日は日本軍が真珠湾を爆撃したと同時に、ジョン・レノンがN.Yで射殺された日だが、そのジョンの妻のヨーコはベトナム戦争時のヒッピー時代(おそらく1960年代。彼女がジョンに会う前)に、「お尻」をテーマに短編映画を撮った。そう、いくつモノカップルに「お尻出演」してもらい、それを繋げただけのものだという。あいにく肉眼で見ていないので説得力に欠ける筆者だが、彼女は「お尻は角ばっていない。どこをみても丸い。即ちお尻は武器にはなりえないかわりに、平和の象徴たりうる」とのメッセージを、世界に発信しようとしたに他ならない。
お尻から出るとき、水はすべて同じである
そんなオノヨーコを彷彿させる一枚の写真が、5日ほど前に「市民による空港占拠」という前代未聞の愚行を犯したタイのバンコクから送られてきた。ご覧いただきたい。
これはバンコクの中心を走るSukhumvit Road にある日本料理店を訪れたぼくのタイ人の知人が撮影したものだが、ようはキープ用のウイスキーボトルである。左側は小野さん、右側は洋子さん。これは単なる偶然の組み合わせ、それとも彼女も密かに空港占拠の被害を受けていたのだろうか? ところで。
ウイスキーの定番といえば水割り。
マイケル・ジャクソン(50歳)は、かつて「家のネバーランドのトイレでミネラル・ウオーターをつかっている」、と噂されたが、真実は本人のみぞ知る、といったところだ。
世の中でいまや市民権を得ているミネラルウオーターだが、果たしてその「ミネラル」の味を実際に識別できる人がいるのか甚だ疑問である。ましてや日本の水道水は世界一の質を誇る。大阪の水はまずいそうだが、今の東京の水は最高である。臭みもない。ぼくがかつて住んでいたタイでは、水道水を飲むことができない。お隣の韓国もしかり。つまり、彼らはペットボトルの水を「飲むしかない」という現実がある。
しかしながら、不思議なことに今の日本ではミルクよりも高価な「水」が売れまくっている。
十分に水道水が飲める、のにもかかわらず、我々はタイ人や韓国人の「真似」をしている。おかしなことだ。
この写真をご覧いただきたい。
さきほどの「お尻クリーム」を売っていた、超セレブなスーパーマーケットの食品売り場で売っている水。なんと190円もする。来年は丑年。低脂肪牛乳が一リットル150円台の今、モー驚きである。
さらに。。。
こちらはなんと230円。
ボルビックならぬ、「ボルセック」。紛らわしいったらありゃしない。ただ、共通項は両方とも我々市民を「ボル」ってことである。
暇だったのでBORSECでGoogleってみると、どうやらルーマニアの水であることがわかった。
「硬度1237mgの超硬水・天然発砲ミネラルウォーター。
ミネラルウォーターズ・オブ・ザ・ワールドで人気ランキングNo.1を獲得している世界中で愛されているミネラルウォーターです」
たかが水のくせに、500ML で新鮮な秋刀魚2本の合計額よりも高いなんて生意気だ。
以前、作家の渡辺淳一氏が週刊誌のエッセーで「マツタケは生意気である。高価すぎて生意気だ」 みたいなことを述べていたが、まさに水に関しても例外ではない。安全な水を飲めない人は、世界で12億人もいるといわれている。のに、238円もする水を買うポンポコリンがいるのか......そいつの顔をみてみたい、とぼくはこの水の斜め前で二十秒ほどじーっと虎視眈々と見張っていたが、あいにくPP(ポンポコリン、の略)は現れなかった。
ちなみにこのパリス・ヒルトン(この超セレブなsupermarketをこう呼ばせていただこう)で販売されている高級水の数はご覧のとおり。
じつはこれでもフレームに収まりきっていないのだが、とにかく驚きである。
今年引退した桑田真澄投手の上に、今年200勝を達成した山本マサ投手がいるように、水の上にも「上」がある。
そう、パリス・ヒルトンで売っていた水の最高峰をここで特別にみなさんに御紹介させていただこう。
なんと500ML、472円。
すき屋の「豚丼定食」(卵、味噌汁、サラダ、麦茶付き440円)を頼んでもお釣りが返ってくる。Oh my Buta.........
この国には、環境省や経済産業省が推進しているチーム・マイナス6%なるものが存在しているが、仮に同チームに加盟している誰かがこの水を飲んでいるとしたらHypocrat(偽善者)以外の何者でもなかろう。いや、極論を言えばペットボトルの水を飲んでいる人に「エネルギーの効率化」や「温暖化対策」を述べる資格はない、と考えるのはぼくだけだろうか?
ペットボトルは、回収率だけは六割そこそこだが、リサイクル率となると一ケタ台とのデーターもある。よくても二割に届かない。
人間の基本中の基本である水を飲むたびに、ゴミを排出するという無駄。非効率。PP。
廃棄するだけでも大量のCO2を排出していることは、言うまでもない。
日本の水道水も、472円の水も、今回のテーマである「お尻」から出るときはまったく見分けがつかない。この点を考慮した上で、今後みなさんも水選びをしていただけたらと思うこの頃である。
お尻は解決策になりうるか
最後に、お尻と温暖化の関係について解明してみよう。
お尻は大きいと安産だというが、大きい分、例えばジーンズのサイズも大きくなる。ようはその分、材料の生地も増えるわけで、その観点からみれば地球に「優しい」とは言いがたい。
とはいえ、お尻は「言葉を発する」ことができない。お口と異なりCO2を排出しない点ではエコだ。ただ、オナラはメタンガスなので温暖化効果は二酸化炭素よりもずっと高いとされる。この点は留意いただきたいところだ。
冒頭に述べた「お尻クリーム」をみなさんが今夜塗り、ジェニロペのヒップに仮になったとしよう。まさにDream Hip come true!
そうなった場合、みなさんは写真のようにお尻を世間に対して露出したくなる可能性が大きい。京都で雪が降っている今日のような日に、なぜか超ミニスカートを穿く女子高生が後を絶たないのは、「ほらみて、私、こんなにセクシー。カメラもピクシー」と、自分のスタイルの良さを誇示したい欲求が人間のなかにあるからに他ならない。
即ちエロティックヒップ=ミニスカート&短パン=生地少な目=資源の消費量減少=石油消費減少=地球に優しい
という奇跡の方程式が成立しよう。
また、セクシーなお尻というのは観ているだけで心身ともに温まるものではないだろうか?(暖房を使わなくても温かいので、節電効果がある) もちろん、ココでぼくは女性のヒップを指しているが、じつは驚いたことに南米ブラジルの男性の整形手術で一番人気があるのは「お尻」だという有名な話がある。そう、二ヵ月後にリオのカーニバルがスタートするが、じつはこれはブラジル人の女性が「男のセクシーさをお尻で判断する」ことを裏付けているのだ。ムネにシリコンを注入するのではなく、あくまでもお尻が第一候補なのである。
余談だがムネ、といえばムネオ。
鈴木宗男氏。六十歳を越えているにもかかわらず、同氏はフルマラソンで4時間を切るらしい。まさにモンスター級の体力だが、唯一心配なのは仮にいま進行中の裁判で彼が有罪になり豚小屋にぶち込まれたら、マラソントレーニングできなくなるだろう、ということだけだ。まあ、ぼくが憂慮する必用はあるまいが。
ただ、忘れてはならないことは「マラソンをしている女性のヒップは、じつにエロティックである」ということである。
最近ランニングはブームになりつつあり、ぼくも愚かにもそれに便乗してしまっている感は否定できないが、走っている女性ランナー(編集部注:男のお尻はどうでもいい)のヒップというのは、ギリシア神話のアキレスのフクラハギばりに芸術的な美を孕んでいる。
それは走ること=お尻を左右に運動させること=締まった筋肉質なヒップ=エロティック という構図が成り立つからだろう。
この世のランナーの誰もが、もしかしたら「フォレスト・ガンプのように走りまくってセクシーヒップを手にいれるのよ!」 と密かに遺伝子レベルでの本能に釣られて日々、トレーニングをしているのかもしれない。だとすれば、やはり「走ること=脱メタボ=CO2排出量削減=地球温暖化対策」ということになり、エロティックなお尻は地球にやさしいということになろう。
よって、今回の仮説は成り立つのである。
Thank you, and a great hip to you.
by Hipman.
最高級のオーストラリアワインは、すべて南オーストラリア州のBarossa Valleyというワイナリーから来ている。
同州の州都、アデレードの小学校に三年生のときに編入した時、ぼくが知っている英語は「トイレ」と「パン」だけであった。
そもそも、パンというのはポルトガル語のPaoから由来しているため、「カタカナはすべて英語」と思い込んでいた自分としては、それがオーストラリア人にまったく通じなかったときのショックはマグニチュード14.4 レベルだったと言っていい。
つまり、「トイレ」だけがぼくの知っている英語だったわけだ。
カンガルーと同レベルの語学力しかなく、異国でカルチャーショックの毎日を送っていたぼくだったが、それでもグレート・フレンドができた。彼の名はマイケル(ここではとりあえず、カンガルー・マイケルと呼ぼう)といい、お父さんはギリシャ人、お母さんはオルガという名のチェコ人という「移民の子」であった。1980年代前半のオーストラリアは、白豪主義とまではいわなくても人種差別は日常的なことだったので、「同じ移民同士」という感覚的なものがお互いをひきつけたのかもしれない。もちろんカンガルー・マイケルは、英語ペラペラだったが、彼としては「Toilet しかしらない髪の黒い短パンのヘンな子羊みたいな少年」を見捨てることができなかったのだろう。ああ、神様。あの時、超弱者だったボクを救出してくれてありがとう。
ま、それはさておき。
クリスマスシーズン真っ盛り。近所のミニ・ストップ前で今朝、最安値100円ワンコインで買えておそらく一番「薄い」=紙の量が少ない=エコ=であろう産経新聞を買うためにストップ。中に入ると、ジョージ・マイケルの定番"Last Christmas"が流れている。
そう、何を隠そう。ジョージ・マイケルもカンガルー・マイケルも共にギリシャ系。ちなみに、前者の本名は、Georgios Kyriacos Panayiotou というらしい。
甘い声。淡いメロディ。
天才シンガーソングライターの声を街中で聞くたびに、ぼくはなぜかカンガルー・マイケルのことを思い出す。
「このどん臭い中国人が!なんだそのライスボールは?ええ?ノリ?ノリ?seaweed? そんなもんを米団子に巻いて食ってんのかこいつは。家畜だ、家畜」、と”移民生活二年目”に入っても、上級生らからイジメられていたぼくを救ってくれたのも、まさにマイケルであった。(日本人も中国人も、彼らイジメっ子にしては同じことだったのである。それはぼくらが今日、ケニア人とナイジェリア人の差が判らない感覚に似ていよう)
あのクリスマス・ソングはゲイの歌?!
さて、肝心のジョージ・マイケル。
Wham! を解散し、ソロに転向したあとも2000万枚を売り上げたアルバム"Fatih" など、GM(面倒臭いのでそう省略しよう。破綻寸前のアメリカ自動車会社とは混同しないよう)は完全に偉大なるミュージシャンとしての才能を発揮してきた。
しかし、である。
彼は1998年にロスのトイレで、自分のチクワをポロッと露出したとかなんとかで公然わいせつ罪で逮捕されている。その場にいたわけではないので、詳細は不明だが、そのトイレはゲイの溜まり場だったとの説もある。どうでもいいことだが、二丁目以外に、湘南の逗子がゲイの溜まり場であることはあまり知られていない。(以前、知る人ぞ知る逗子のホモ・ビーチに友人ら三人と”極秘潜入”し、五分程度のドキュメンタリーをつくってそれをYouTubeにアップロードしたら、世界中からアクセスが殺到。あっという間に数十万を突破。しまいには、「おい、これから日本に旅行にいくんだが、貴様がレポートしていたシークレット・ビーチはどうやっていくんだ?」との問い合わせメールがきたりして、対応に困ったが。どうであれ、陰部もチクワもまったく映っていない「クリーン」なドキュメンタリーだったにもかかわらず、この作品はYouTube側からInappropriate content (不適切なコンテンツ)なるレッテルを貼られ、一方的に削除されてしまった。正直、これには失望したし、YouTubeの社員の中に、ゲイを差別している人間が確実にいたとしか考えられない。ぼくらはゲイを誹謗中傷したわけではなく、逗子のホモ・ビーチを”コメディ”ないしはパロディにしただけなのに、それが葬られてしまったということは「ゲイがビーチで水浴びしている(顔はわからないようにしていた)映像を載せただけで罪」的な思想を抱いている、それぞ差別的な人間が管理側の中枢にいると言える。社会的”弱者”ともいえるゲイの日常を、公にすることは彼らの存在を「ヘン」「変」ではなく、「フツー」へと切り替えていくキッカケにもなる=差別からの解放につながる、とぼくなんかは考えていたものだが)
ま、それはともかく。
再びジョージ・マイケルに戻ろう。(どうも脱線癖が抜けなくて困る)
「チクワ事件」後、結局彼は自分がゲイであることを公表。
となると、問題になるのはLast Christmasの歌詞である。少し一緒にみなさんと考えてみよう。
"Last Christmas I gave you my heart, but the very next day, you gave it away. this year, to save me from tears, I'll give it to someone special..oh yeah..."
これを直訳ならぬ「ホモ訳・和訳」すると、次のようになるだろうか。
「去年のクリスマス、オレは三郎に告ったんだぜ。でも、翌日、きゃつはそれを江東区の夢の島にポンと粗大ゴミみたいに捨てやがった。だから今年はオレは自分が傷つかないよう、三郎じゃなくて、きゃつの弟にあげるんだ。ああ。。」
1980年代半ば、この歌が世に出た頃、ジョージ・マイケルはAndrew Ridgeleyという相棒がいた。「二人はやっぱりデキテイタのだろうか?」とぼくが疑うのも無理はない。さらに、GMはソロになってまもなく、“一番セクシーなお尻”(男性部門・1988年)という名誉に浴している。(審査委員長はエルトン・ジョンだったにちがいない)
名曲"Careless Whisper"(1984)も、おそらく「ベッドで隣りに横たわる三郎への囁き」との邦題がハマリそうだ。さらに、1987年の"I want your sex"(1987) は、恐ろしい。当時中学生だったぼくは、青春真っ盛りでこの歌を大音量で聞けなかったのを覚えている。聞きながらバンコクのInternational school の超アイドルだったMim Paker (卒業後、雑誌Playboyでデビューし、本物のプレイメイトになった)のワイルド・ヒップをイメージし、ほっぺをりんご色に染めたものだったが、GMのほうはなんと「野郎のヒップを連想しながら歌っていた疑惑」も否定できない。ああ、なんという暴挙。なんという欺瞞。クルマのGM同様、笑えないリアリティがそこにある。
あくまで仮説にすぎないが、みなさんが最近聞きまくっているLast Christmasの”真意”がどこにあるのか、考えてみることは決して無駄ではなさそうだ。ピエロになるのは、とりあえず今はぼくだけでいい。
女性のサンタはなぜいないの?
そして今回のコラムの最後の疑問は、そう、なぜサンタは野郎なのか、ということだ。
しかもよくよく考えてみると、あのサンタって爺さんは現代社会の視点から見れば許しがたい側面をいくつかもっている。
①メタボ (沢山食って、ゴミも沢山出すわけだから確実に地球温暖化の敵である。皮下脂肪も多いため、暖房も効かない)
②毎年同じ服を着ている (不潔。ユニクロのheat tech あたりをゲットしたらどうだろう。ヒゲも剃ってみては?清潔感アップ)
③頼んでもいないのに、勝手に民家に”不法侵入”する (日本の家は煙突がないからまだいいが。セコムに引っかかるのは時間の問題。鈍そうだし)
④年金受給者である。にもかかわらず、毎年毎年、袋いっぱいにおもちゃを積んでいる。しかも世界中の子供たち(世界人口を60億人としたら、子供は最低でも20億人ぐらいはいそう)に配るわけだ。その資金はどこからでているのだろうか? トイザラスから盗んでいるのか?しかもトナカイのルドルフへの餌代も膨大なはずだ)
などなど、かなりの”問題児”だと考えていい。
ただ、最大の疑問は、なぜサンタクロースが男なのか、ということに他ならない。
なぜ? なぜ? なっぜ?
Wikipedia によると、「4世紀頃の東ローマ帝国のキリスト教の教父聖ニコラスの伝説が、起源である」と言う。なぜ男なのか、の謎はまったく解明できないが、その伝説とは、次のようなものだ。
「ある日ニコラウスは、貧しさのあまり、三人の娘を嫁がせることの出来ない家の存在を知った。ニコラウスは真夜中にその家を訪れ、屋根の上にある煙突から
金貨を投げ入れる。このとき暖炉には靴下が下げられていたため、金貨は靴下の中に入っていたという。この金貨のおかげで娘の身売りを避けられた」という逸
話が残されている。
I see......そういうことだったのか。。。。
サンタクロースはニコラス。だから野郎だ、とのこと。ただ、21世紀のニコラス、といえばなんといってもハリウッド俳優のニコラス・ケイジ以外には考えられまい。彼は非常に胸毛ボウボウだが、本コラムの主人公であり、現代のクリスマスと切っても切り離せない「聖なる声の持ち主」・「偉大なるホモ・シンガー」ジョージ・マイケルのご先祖であるギリシャ人も胸毛は綿菓子のように生えている民族であり、現にカンガルー・マイケルのダディも例外ではなかった。
つまり、サンタはどうしても毛深い存在でなければならないのか?いや、そういう考えは本末転倒だ。そうだ、毛深いのではなくて、じつは罪深い存在なのかもしれない。でなければ、世界中の子供たちにあれほど多くのプレゼントを、しかもタダで配るなんて考えにくいではないか。現に、欧米では世界の貧困撲滅のためにいろいろと募金活動を展開しているが(ビル・ゲイツも例外ではない)、各種NPOなりNGOに超高額な募金を払うのは、殆どの場合が金融業などで”ぼろ儲け”してきたビジネスマンらである。彼らはきっとどこかで「やましいことをして大金を稼いだ」という後ろめたさを感じてたりする場合も少なくなく、その「罪滅ぼし」として大金を慈善活動に投じたりするのではないだろうか?
現に、去年、ぼくは偉大なる湘南の仲間(逗子のホモではない)と共に"R134United"というチームをつくり、イギリス最大のNGOであるOxfam主催の100KM山越えトライアル・レースに参加したのだが、その時に最大の募金を投じたのが団体やチームではなく、"個人"だと聞いてえらく驚いたことを記憶している(確かそうだったはず)。しかもその額は450万ぐらいだったろうか。広尾にあるJICAのセミナーハウスで行われたそのイヴェントの表彰式で、酔ったぼくが帰り際にトイレに行くと、たまたまその”彼”が隣でタッションをしていたが、その横顔をじーっと放尿しながらみつめながら「この人はきっと悪いことをいっぱいしてお金を貯めたにちがいない。だから四万ドルもの大金を払って善人になった自分に酔おうとしているんだ。おれなんてアサヒ・スーパードライで酔うのが精一杯なのに」 とヒネクレ小僧的思考が脳裏をよぎったのではなかったか。
どうであれ、またまた脱線。サンタさんは「タダで募金をする悪い奴」という、予期せぬ結論になってしまいそうである。これはもちろん本意ではない。本コラムは、「なぜサンタが男なのか」、「Last Christmas は、男のために書かれた歌なのか」を検証することなのだから!
ただ、答えは出そうもない。
サンタが極悪人であろうと、GMと同じゲイであろうと、ぼくはかまわない。
最後に、付け加えておきたいことが一つだけある。
サンタさんは、日の丸の色をしているということである。
つまり、彼は日本人なのかもしれない。
しかし、だとすると世界へのプレゼント代金はすべて厚生労働省ならぬ我々の税金から支払われていることになる。ああ、やはり「金は出すが、口はださない恥ずべき世界のATM国家・日本」の象徴なのか、サンタさんは........
Fat Santa, Fat life.
Good luck to you.
今日の昼下がり。
晴天下、日頃から ”通って” いるスターバックス・サンフランシスコ店(とぼくは呼んでいる)に行くと、不景気だというのに2Fは満席。
しかもぼくが勝手にファンを自認しているスタッフのタマティー、アイリング、フーミンク、アサックスの「スタバ四人娘」の姿も見えない。一階は寒いし、ま、いいや、とハワイで二年前に買ったHULAの巨大タンブラーを片手に店を出た。
とその時、面白いアイデアが浮かんだ。
「このタンブラーを、マックで使うことはできるのだろうか? 彼らの”エコ意識”なり”エコ対策”をいっちょ試してやれ」
というのも、マックでタンブラーを使っている人をぼくは見たことがなかったし、マグカップさえ出していない。つまり、マックで客に出されるものは「すべてゴミになる」というわけだ。
その処理に大量のガソリンが消費されることは、いうまでもない。つまり、マックは地球温暖化対策の「ち」の字もやっていない企業なのではないだろうか? とぼくは考えたのだ。
と、そのまま歩いて7.3秒の距離にあるマクドナルドに直行。
カウンターに接近すると、コーヒーを一つ、Sサイズを注文し、さらに付け加える。
「すみません、このタンブラーを使いたいんです。いいですよね」
「..............」
強引にカウンターの28.8才ぐらいの色白のfluffy なお姉さん(とりあえずナンシーと呼ぼう)に、タンブラーを押し付けるように渡すと、彼女は「なにコレ、コーヒー市場では密かにライヴァルのStarbucksのモノじゃない!」 と............叫ぶにちがいない、と思いきや、ぐっと篤姫のような笑顔で、
「はい。ご利用いただけますよぉ」 と白い歯を見せるではないか。
マックは”超マニュアル教育”を徹底しているという。つまり、客がAというと、Bと答える。CといわれたらDと答える、との方程式が決まっているそうなのだが、スタバのタンブラーを持ち込んだ客は、おそらくぼくが始めてではなかったか。少なくともナンシーにとっては。
「他社のタンブラーの持ち込みは許可されてるんですか?」 とぼくは聞きそうになったが、ぐっと喉で言葉を飲み込んだ。
ナンシーは、後ろにいた鹿島アントラーズのFW田代似のボブ(とりあえずそう呼ぼう)にタンブラーを渡すと、ボブはじーっと4.3秒ほどそれを見つめ、さらにボクをみた。ボクを、みたのだ。
一瞬たじろいだ自分だったが、ボブは笑みを浮かべると何を思ったか、フタを開け、中を見、すぐに後方の厨房へと行ってしまった。どうやらご丁寧なことに、HULA ハワイタンブラーを洗浄してきてくれたようなのだ(これはスターバックスでもやってくれるサービス)。
その時、ぼくはシマッタ!と思った。
そう、4日ほど前にスターバックスでタマティーに煎れて貰ったラテが、若干残っていたような気がしたのだ。となると、当然、沈殿していたミルク成分がチーズとまではいかないが、こびりついて「異臭」を漂わせることになる。即ち、ボブがタンブラーのフタをあけたとき、彼の嗅覚に訴える何かがあったのかもしれない。
恥ずかしいのでポーカーフェイスは崩さなかったぼくだが、コーヒーがやってきたときには驚いた。重い。重いのだ。
「どうもありがとうございます」
「ミルクとお砂糖はご利用になりますか?」 スターバックスではないやりとりだ。そう、そうだ。ここはマックなんだ。
「え、ええ。じゃあ」
席に座った「エコ・スパイ」は、形振りかまわず、珍妙な光景にレンズを向けた。
そう、ここについに夢にみた「スターバックスとマクドナルドのコラボレーション」が実現したのである!(別に夢みてたわけではないが。。。)
しかも、グランデサイズのタンブラーのほぼてっぺんまでコーヒーが入っているではないか!
「ボブの奴、きっと地球温暖化問題に個人的に取り組んでいるナイスガイだな」
と、勝手に決め付けてしまった。
じつに不思議なこの組み合わせ。数秒間、ぼくは飲まずにじっとタンブラーと向き合っていたが、少なくともマックがなかなか寛大なお店であることは、わかった。少なくともエコ意識を持ち合わせている、ということは。(ゴミを少し出さなかった分、カーボンオフセットの1日になった)
ただ、肝心の味は。。。。。
マックの完敗であった。
やはりスターバックスのハウスブレンドに勝るわけないか。。。。
今夜行われたTOYOTA CUP準決勝のマンチェスター・ユナイテッドvs. ガンバ大阪戦(5-3) 同様、善戦はしたもののやはりテイストで本業のスターバックスから大金星を挙げることはできなかったのであった。
みなさんもぜひ、明日から「マックでも使えるスタバのタンブラー」をご利用されてみてはどうでしょう?
Good coffee, good life.
Thank you.
国立競技場で、珍しいものを見た。
日の丸。。。。いや、「クロ丸」である。
その写真をご覧頂く前に、次の動画をぜひ見ていただきたい。
そしてそのわずか2日後、ぼくは再び同地に向かい、今度は中南米代表のパチューカ(メキシコ)VS.アフリカ王者のアルアハリ(エジプト)の試合を観戦したのだ。
試合開始は午後一時四十五分。たまに曇るが、ほとんど晴天。
300158人もの観客が詰め掛けており、会場は熱気に包まれていた。ぼくは友人のストラスブールとビール(共に仮名)と共に、パチューカ側のカテゴリー1の席に陣取った。選手ベンチの真後ろ、前から四列目。最高のシート。
ところが、である。右側に視線を向けると、パチューカの熱狂的な”在日メキシコ人” サポーターたちが、じつに不思議な旗をはためかせているではないか!
そう、何を隠そう。
この右手にある旗は、一見「日の丸」だが、よく見ると赤い◎ではなく、スーパーブラック。これは果たして、パチューカのシンボル・フラッグなのか、それとも親日をアピールせんとする在日メキシコ人たちの好意なのか?ただ、赤いインク代が払えず、安い「白黒」になってものなのか? よく見ると、彼らは他のタイプの旗も振っており、どうみてもそちらの方がチーム・フラッグに相応しいイメージである。
どうであれ、この「似非日の丸」についてご存知の方がいたら、ご一報頂けたら幸いです。(余談だが、午後二時台なのに照明をつけるのは反エコである。少々暗くても、つけるべきではない!)
その真実がどうであろうと、ぼくはその時、あの「偽日の丸」(そう呼ぶことにしよう。異議なし)を見ながら、日本の将来の姿を連想せずにはいられなかった。
現在、日本には100万人の外国人労働者が存在する。その家族や在日韓国人・台湾人などの特別永住者を含めると、その数は200万人になる。群馬県大泉町など、工場勤務の日系ブラジル人が多数暮らす町には、ポルトガル語の看板や、日系ブラジル人向けのアパートや託児所が特別に建造されている。
そう、東京でも吉野屋や松屋をはじめ、様々な場所で外国人労働者の姿を目にするし、また日本経済そのものが彼らのサポートなしではもはや機能しない、という現実がある。
日本の今の人口は約一億二千万人だが、少子化の流れで2050年には9000万人まで激減すると予想されている。まあ江戸時代の日本の人口はわずか3000万人だったのだから、その三倍だと思えば少なくはない。とはいえ、現在の世界第二位の経済規模を考えると、人口はなるべく多いほうがいい。
そこで、政府は将来的に移民庁をつくり、移民の数を1000万人に増やす構想をすでに発表している。
つまり、10人に1人が、外国人になるという計算になる。
この割合は決して少なくない。いや、どちらかと言えば多い。とはいえ、歴史の流れとして我が国が今後持続的に発展していくためには、外国人労働者を両手両足広げ「かもーん、ぷりーず!」とWelcomeする必要があろう。
こうした流れのなかで、重要なポイントを握るのがさきほどご覧いただいた「偽日の丸」なのである。
つまり、ブラジルから日本に来ました。工場で働きはじめました。しかし...
①日本語が読めません
②日本語がしゃべれません
③毎日、ポルトガル語の新聞を読み、ポルトガル語のインターネットラジオを聴きます
④オナラとオカラの違いがわかりません
⑤群馬の伊香保温泉には、チンポを洗わないで飛び込みま~す
⑥神社に初詣に行っても、二礼二拍手一礼の順番がわかりませ~ん。それをサンバの踊りでごまかしま~す
⑦必然的に日系ブラジル人コミュニティの中に引きこもり、地元民との接触が減る。コミュニケーションの欠如。信頼低下
⑧ビザが切れても、シラを切って親族の家の中でピザを食べ続ける。ようは不法滞在。
などなど、様々な問題が浮き彫りになってくるのだ。
即ち、それは「日本に住んではいるけど、日本のことはコレッポッチも理解していない」というエイリアンin Japan の構図である。ぼくにはそれが、あの白黒の「偽日の丸」に見えたのだ。
1000万人構想自体を素晴らしいものだが、これから移民を増やす場合、最低限の日本語の特訓をまず行い、一年後の日本語検定で三級、二年後に二級、そして一年後に一級を取得する、でなければ本国に強制送還させる、といった縛りを設けるべきではないだろうか?
上記の⑦番だが、日本にいる外国人のなかで圧倒的な犯罪率を誇るのも、これまた日系ブラジル人なのである。ぼくは以前、「日系ブラジル人を日本でデビューさせるオーディション」で司会をしたことがある。詳しい内容は忘れたが、その時、ブラジル大使館の関係者も会場に足を運んでおり、偶然配られたとある資料に「日系ブラジル人の圧倒的な犯罪率」というデーターが明記されてあったのだ。
現に、マイクを握って歌ったのは全員が日系ブラジル人だったと思うし、観客もそうだったと記憶している。そんな中、印象的だったのがラスト。なんとサッカーのラモスのビデオメッセージが流れたのである!
詳しくは覚えていないが、「ボクも若いころに来日し、プロのサッカー選手になるべく一生懸命練習した。お金がなくてマックのハンバーガー一個が1日の食事だったこともあった。君たちも、道を外れないで、目標、夢をみつめてそれに向かって絶えず努力していくように。叶えようじゃないか」、といった内容で、ぼく自信、感動で胸毛が震えたのを覚えている(じつはツルツル)
ようはラモスは、日本社会に溶け込めずに万引きなどの犯罪に走る日系ブラジル人が多数存在することに、日頃から心を痛めていて、その打開策としての目標設定というメッセージを送ったのだと思う。ここでもまた、彼の「キラーパス」が健在であった。
TOYOTA CUPを見ながら、このようなコラムを書こうとは考えてもいなかったが、最後に次の二枚の写真をご覧いただきたい。
ちなみに、これまでの話とは一切関係ないことを断っておこう。
これは、木曜日に観にいった国立競技場の席から撮った一枚。
スポンサーのTOYOTA、その隣に場所表示のTOKYO. この二つ、似ていると思いません?TOYOTAの間に”K"を入れれば、
TOKYOTA。
ま、そんな語呂遊びはさておき、続いて土曜日のガンバ大阪 VS. アデレード(豪州)戦からの一枚。
どうだろう?なんという歴史的な一枚だろうか?
そう、スポンサー名と場所の看板がまったく同じなのである! どうでもいいことではあるが、みなさん、これを見るチャンスは今後60年はないと思いますよ、本当に。(TOYOTA CUPは、次回から中東のUAEで開催する予定らしい)
ただ、奇跡が起こればワールドカップ2012年でこの光景を見ることはありうる。
一応、W杯2012年は南アフリカのヨハネスブルグで行われる予定だが、ここは世界一治安が悪い都市であり、大会そのものが開催されないのではないか、と一部の関係者は噂している。しかも、治安が悪い、というのもココは「群を抜いて圧倒的な、不動の一位」という不名誉な称号を手にしている。観戦しに行ったらレイプされてしまった、なんてことになればもう笑い事ではすまない(ホモになって帰ってきた、なんていったら尚更である)。治安の悪さは二位はケニア辺りだそうな。(三位はコロコロ順位が入れ替わっている)
どうであれ、W杯2012が他の場所で開催されるとすれば、その厳しい開催基準を満たしているスタジアムを有しているのは最近W杯を開催したドイツ、日本、韓国あたりになってしまう。よって、2012年日本開催は、少なくとも可能性はあると見ていい。
最後に一言。
日本に1000万人の移民が住むようになっても、決してヨハネスブルグにはなりませんように.....
Good safety, Good life.
Thank you.
我々は、なぜ洗濯するのだろう?
汚いから。
臭いから。
清潔が好きだから。
それが常識だから。
洗濯をしても、取れない汚れもある。
例えばシミ。
じゃあ、ニッポンという国のシミはなんだろう? そしてそれを「洗濯」できる人は誰だろう?
総理大臣、麻生太郎。
これは裏返せば、いかに麻生太郎現総理が、外相時代に存在感を発揮できていなかったかの証とも言えよう。アメリカ合衆国のライス国務長官、と聞けばすぐに顔はイメージできる。間違う人はまずいない。
今、この国は問題が山積している。
麻生総理の高祖父である明治維新の立役者・大久保利通は、ヘビースモーカーだったという。
福沢諭吉と大隈重信ら明治の思想家・指導者が作った大学では、いまタバコならぬ大麻を吸うのが流行っているが、そもそも何故、人は葉っぱを吸うのだろうか?
やはり身体を「洗濯」してくれるからだろうか?
アメリカのバラック・オバマ次期米国大統領も、ヘビー・スモーカーだという。
「ヒラリー・クリントンが決めたホワイトハウスの中は禁煙、というルールは破らないよ」と、この前の日曜日にNBCのインタビュー番組のなかでハニカミながら言っていたが、大統領選挙期間中はなるべく禁煙していたそうだ。
彼が2009年1月から率いるアメリカが、「煙たい」と考えていた国。その名はイラン。
「イランなんていらん!」とジョージ・ブッシュはホワイトハウスで何度絶叫したのだろうか?
60年前の第二次世界大戦で、最後に笑ったのはスターリン率いるソ連と、毛沢東中国だけだった。アメリカのルーズベルトもトルーマンも、共産主義が秘めた「繁殖能力」を見誤り、蒋介石率いる国民党を見捨てた。毛沢東共産党を叩いておくべきところを、日本に原爆を落とした。ホワイトハウスが敵を間違えたことは、戦後、いかにアメリカが共産主義勢力との戦いで国力を消耗したかが証明している。
ベトナム戦争など、その典型的な例と言える。
ソ連を仲間だと勘違いし、スターリンの暴走を許したのもルーズベルトだった。
戦後、スターリンは結局、ポーランドやチェコスロヴァキア、東独などを事実上支配下におさめた。クレムリン共産主義による独裁支配が始まった。
そう、すなわちアメリカはこれまで多くの「読み違い」をしてきた国でもある。
2003年3月19日に起こったイラク戦争も、アメリカの大失敗である。
開戦理由だったWMD(Weapons of mass destruction=大量破壊兵器)は、結局みつからず、洞穴のなかでサダム・フセインを見つけるのだけで精一杯だった。しかも皮肉なことに、ブッシュ大統領が勝利宣言をしてから米兵が大量に殺され、2008年末現在、すでに4300人以上のアメリカ軍兵士が死んでいる。
この戦争でも、「本当の勝者」はイランなのだ。
彼らがもともと敵対していたサダム・フセインは、米軍の手によって葬られ、さらにイラク国内をそれまで支配していたスンニー派(サダム・フセイン派)は政治の中枢から追放され、シーア派に権力が転がり込んできた。つまり、そう、イランと同じ宗派だ。まさに「雨が降って、土が固まった」のである。
雨が降る。
それは「洗濯する」ということかもしれない。
洗濯、洗車、洗浄、洗面。
日本の最高権力者である麻生太郎総理大臣は、自らの内閣の支持率が消費税の4倍に下がった今、ここらへんで気分転換として大久保利通や強運オバマ氏のようにタバコを吸いまくってみるのはどうだろうか。タバコ増税に失敗した今、価格も安いので「Good Timing」にちがいない。
タバコの力で覚醒し、日本国民のために「洗濯」する。アメリカのように読み違えない力。大久保利通の子孫としての実力が今、問われている。世界からはもちろん、まずは国民から信頼されるニッポンを造れるかどうか。
そのためにも、まずは今週末から毎朝、神泉町の豪邸で御自分のパンティ(男の場合はパンツ?)を洗濯して頂き、縁起を担ぐべきだろう。もしも総選挙で勝ちにいくつもりなら、総選挙開票までの間は、市原悦子ら家政婦に洗わせるのは控えるべし。
No panty, No life.
Thank you.
羽田空港に、自転車で行ってみることにした。
先に結論を言ってしまうが、今回チャリでぶっ飛ばしてみて予想外の現実に直面した。近い将来、「日本ナンバー1の国際空港」になるであろう羽田空港は、エコの視点からみるとまったくサイテーの部類に入るということがわかったのだ。
その理由を、今回のコラムでお話したい。
まず、は動機。
もともとは忘れ物を取りにいくためだったのだが、せっかくなので通常とは違った手段で空の玄関を訪れたいと考えたのである。
「超エコな交通手段で行けば、どれくらいかかるのか」、を計る取材とでも言おうか。
愛車ブルマン号(英国製MTB)に跨り、表参道交差点を出発したのが、午後二時十分。
青空の中、外苑西通りを直進。広尾を抜け、第二京浜経由で環七にぶつかったのが午後二時三十八分。
大森方面に環七を行くと、ガソリンスタンドのオンパレード。
原油価格は、以前より安くなっているのだから東京都は、速やかに銭湯料金を今の450円からもとの430円に下げるべきだろう。我々国民は、体制側にとって都合のいい「吊り上げ戦術」に騙されてはいけない。ぼくはこれまで散々、オンナには騙されてきたが、銭湯組合や権力側にまでダマサレルのはちょっぴり癪だ、釈ユミコ(山田君、座布団マイナス3枚)。
そうだ、これからもオンナには騙され続けることにしよう。
そう決めておけば、すべてを笑って流せる。。。。。。^^/
本題に戻ろう。
環七を直進し、第一京浜(国道十五号)にぶつかると、やがて「羽田空港5KM」との表示が。近い、もうあと五キロか!
と喜ぶのもつかの間。トラックがびゅんびゅん走る、バイパス風の国道357にぶちあたると今度は「羽田空港6KM」との看板を発見。それでもめげず、ぼくはブルマン号を漕ぐ。
京急の天空橋駅を通り過ぎ、やがて空港が見えてきた。よし、大体想像していた通りの距離だ、と平らなアスファルトを直進するものの、漕いでも漕いでも肝心のターミナルが見えてこない。しかも、地下トンネルとかは歩道を走るのだが、恐ろしいほど人の気配がなく、昼間だというのに不気味な雰囲気をかもし出している。トンネルを出てからも、自転車に乗っている人は皆無で、次から次へとリムジンバスやタクシーやトラックに追い越されるものの、「一人で走るマラソン」のような、極めて寂しいマッドマックスの気分。友達はSolitude.(孤独、の意)
どれくらい漕いだろう。
ようやくターミナルが見えてきた。ぼくはターミナル1のほうに入ったが、この当たりから歩道は消え、車道の脇を恐る恐る走るしかなくなる。各車両、余裕で100KM近いスピードで飛ばしているので、危険でもある。とはいえ、なんとかブルマン号で「出発・DEPARTURES」方面の坂を駆け上がり、二階ロビーにようやく到着。
時計を見ると、午後三時二十分。
一時間十分かかったことになる。全身から汗が噴出している。
と、ここでいきなり問題が発生。自転車置き場が、ない。
しょうがないので、手前のJALサービスとか書いてある駐車場(おそらく空港スタッフら関係者用。十五台分ほどのスペース)に勝手に停め、立ち去ろうとするとフレッド(仮名)というお兄さんが「ちょっとちょっと!」と血相変えて事務所から飛び出してきた。
「こ、これで来たんでふか?」
まるで宇宙船を初めて見るような表情で、ブルマン号を凝視している。
事情を説明すると、運良く理解してくれたので助かった。しかし、「地獄」はまさにここから始まったのである。
命がけの「逆走」
ここまで読んだ人は、「なんだ、フツーじゃん」と思うかもしれない。
No, no, no.
とんでもない。結局、忘れ物はターミナル2にあったので、ぼくは無料シャトルバスでターミナルを移動し、ブツをゲットし、再びターミナル1に戻ってくる羽目になった。ちなみに、空港内のエスカレーターにはこのようなポスターが貼られてある。
なかなかやるじゃないか、と思ったが、いまいち具体的な説明がないので実感が沸かない。
太陽光発電なのか、風力発電なのかしっかり説明するべきだし、そもそもこうした活動は、羽田を利用する外国人にも強くアピールすべきことだ。英語、韓国語、中国語の説明がないのは内向きな島国鎖国根性丸出しの役人気質だろうか。とにかく、素晴らしいことをやっているのなら、自慢しまくればいい。そこらへんがこの国は、まだまだだ。
ま、それはさておき。
「よっしゃ。そろそろ帰るか」
と、JALサービスの駐車場でチャリの鍵を外しているとフレッドが笑顔で出てきた。
「羽田空港に自転車。ここにいる誰よりもCO2の排出量は少ないですよ」、とぼくが言うと、
「そうでふね」、みたいな口調で相槌を打ってくれる。
出発直前、せっかくなので、記念写真を一枚撮ってもらった。
一応、笑っているが、この三分後には真っ青になる羽目に。
「どちらから帰ればいいっすか?」とフレッドに尋ねると、首を傾げながら唸っている。
「じ、じつはでふね、自転車でふとこっからは出られないんでふ」
「?」
「なので、あまり大きな声じゃ言えませんが、来た道を逆走してもらふしか。。。」
この瞬間から、ぼくの「決死の帰路の旅」が幕を開けたのである。
フレッドに別れを告げると、さっそくブルマン号で「逆走」開始。
読者もご存知だと思うが、車やバスが出発前ロビ前に停車する直前も、カーブがぐーんとあってスピードはそこそこ出ている。そこを、なんとチャリで逆走するのだ。
ドライバーたちも、「なんで自転車が走ってるんだ?」と困惑気味なのが見て取れる。
冷や汗をかきながら、「逆走」していくと、五分もしないうちに「このまま行ったらバスと正面衝突して今夜のNHKニュースウオッチ9だな」、と危機感を感じたので、歩道を求めて飛ばした。が、なかなか見えてこない。ようやく歩道にたどりつくと、すぐにブルマンを上げ、深呼吸。
と同時に、自分がどこにいるのか見当がつかなくなってしまった。
と、その時みあげると当然ジャンボが出現。
ここまで至近距離で(しかも空港の外から)747を見るのも初めてだが、飛行機はもともと大好きなのでじーっと三分ぐらい見つめてしまった。
その後、再出発したものの十五分後ぐらいにはナント再びターミナル1(だったと思う)の出口の部分にたどり着いてしまったのである! 簡単にいえば、迷子になってしまったわけだ。
「首都高方面・P2・P3・国道357方面」
という看板があり、ぼくの目の前をリムジンバスや、乗用車がビュンビュン通過していく。そう、この時もぼくは「逆走」していたのだ。ヤバイ、とにかくヤバイ。このままではリムジンに轢かれて死ぬか、黒猫ヤマトでブルマンを発送するという屈辱に甘んじるかの二者択一になってしまう。
とはいえ、「自転車用の道」が羽田空港には存在しないのだ!
正直、まいった。このまま警察車両に遭遇すれば、確実に職務質問はおろか、「なんとか侵入罪」でブタ小屋行きかもしれない。いつもどおり、勝手に妄想を膨らます、ボク。
「しょうがない。とにかくこうなったら、この『首都高方面・国道357方面』を爆走するしかない」
そう決めると、ぼくはターミナルからCO2を大量に撒き散らして、びゅんびゅん飛び出していくバスやタクシーの「塊り」が一先ず途切れるのを待った。その時を狙うしかない。というのも、そもそも目の前のバイパス風の道路は、自転車が走ることさえ想定していないので、二車線といえども道の幅が極端に狭く感じるからだ。右に曲がりながら降りていくスロープを全力で漕げば、いずれ「チャリンコ用の歩道」ぐらいは見えてくるだろう。
その時、歴史ならぬ「ブルマン号」が動いた。
クルマが途切れ、唯一のチャンスが到来し、ボクは夕方四時半すぎの黄昏に向け、エコフレンドリーな乗り物を漕いで、漕いで、漕ぎまくった。そこは自転車専用道路だ。漕ぎながら振り返る。こない、クルマはこない。来ても負けまい、などと考えながらぼくは世界選手権10連覇のナカノコーイチ、いや、ロンドンオリンピック2012の競輪選手(候補)の倍の早さで英国製の鉄の塊りを漕いだのである!(タイヤは渋谷のハンズで仕入れたもの。台湾製)
どれくらい漕いだろう、覚えていない。
まもなくすると、前方に「三車線の高速道路」がみえてきた。いや、その時はそう思った。
「ヤバイ、この道は直接首都高につながってるのか?」
その時の絶望は、読者にはわかるまい。とはいえ、逆戻りは許されない。遠く背後からMKタクシーらしき黒い物体たちが急接近してくるのが見える。とにかく、前へ。ぼくはペダルに力を入れた。
『国道357線・左』
らしき看板がそのとき突如現れ、ぼくは当然そちらにハンドルを切った。助かった、一般道だ、と胸を撫で下ろした。とはいえ、安堵するのは早すぎた。そこは左からマンモス級トラックがつぎつぎとやってくる、合流地点というか「ジャンクション」で、ぼくはかつてなく慎重にならなくてはNHKニュース9ものだった。ブルマンを降り、タイミングを計る。右手をリムジンたちが100KM超で通り過ぎ、首都高へ乗り込んでいく。ものすごい風圧だ。そして左手にはトラック。その流れが切れた瞬間、ぼくは国道357線の路肩側に命からがら渡り切ったのだった。
ほっとMOTTTOの弁当ではないが、確かに少しはホットした。
とはいえ、この国道357線というのは「首都高と平行して走っている準高速道路」のようなもので、MKタクシーやトラックらは余裕で130KM出したりしている。にもかかわらず、なんと歩道が。。。。。ない!
まずい、遺言を書くのを忘れた。。
と一瞬後悔しつつも、ぼくは命がけで漕いだ。とにかく一秒でも早くこの「自転車禁止区域」みたいなエリアを脱出すべきだと思ったのだ。すでに辺りは暗くなりかけていた。真っ暗になれば、路肩にいるチャリンコ男の存在はますます見えにくくなる。ピンポンボンボールのように吹っ飛ばされる確立も高まる。
死に物狂いで走り、走り、走った。
そしてついになんとか「無人島」にたどり着いたのである。
この芝生地帯こそ、まさにタイタニックの救命ボートそのものであった。
お分かりいただけるだろうか、どれだけこれら「殺人トラック」たちがスピードを出しているか。。。。
干からびたニボシのような状態になったボクは、結局その後、国道357線の歩道を上っていった。
しかし正直、ここからの道のりは道のりで険しく、いまいち方向感覚がわからぬまま進んでいくしかなかった。五時を過ぎ、あたりが暗くなり、心細くなったとき、前方に「昭和島」という電工掲示板が見えて胸が躍ったことを今でも覚えている。ずっと人の姿さえなかったので、前方に二、三の人影が見えたのも嬉しかった。
この「昭和島」というのは、東京モノレールの駅だった。ただ、駅とはいえ、そこはまるで大正時代のような「入り口」しかない小さな小さな無人の駅だった。地獄の帰路/ 真っ暗な昭和島駅通過
とはいえ、地図をご覧になればわかるとおり、とにかくボクは「孤島」に上陸していたのである! 方向感覚もクソもなかった。しかも、首都高が上も左右もびゅんびゅん走っており、なにがなんだかわからない。
「oh my monorail......海上保安庁に連絡して救出してもらおうか。。。」
正直、そんな気持ちになっていた。都内で、迷子。そう、ぼくは迷子になっていたのである!(何年ぶりだろう)
とその時、女神が微笑んだ。
この昭和島という駅は、モノレールのHPには、『東京モノレール羽田線の心臓部昭和島基地があり、ここには運転指令室・電力指令室をはじめ車両整備工場が配置されています。平成十九年三月には、待避線設備が完成し、追い越しが可能と鳴りました』 と記述されているとおり、ここで働いている人も若干名だがいたのである! その一人と思われる女性が、ママチャリ(子供シート付き)で突如、ボクの目の前に現れたのだ。
「このママチャリに着いていけば助かる」
本能的にそう察したボクは、それをストーキングしたのだ。驚いたことに、このママチャリは「職員しか知らないであろう超裏道」を次々と突破していくではないか!上記のGoogle Mapを見て分かったことだが、こうした「ガード㊦風の裏道」はじつは首都高の下をくぐって「孤島」を脱出し、「本土」へ帰るための唯一のライフラインだったのである。あの時、アノ場所でママチャリに遭遇しなかったら、ぼくは絶対にまた357線に乗っていたにちがいない。それだけは自信がある。
ああ、神よ。
真っ黒い川を二つ越えたのも覚えている。
やがて「本土」に帰還した後も、大森東何丁目(ここらへんは大田区の板金工場など、かなり下町特有の寂しさが溢れていた)で迷子になったが、出会い頭人に聞いて切り抜けた。
環七とR246がぶつかる上馬交差点に何時に着いたかは、聞かないで欲しい。
最後に言いたい事はたった一つ。
羽田空港は、2010年オープン予定の第四滑走路を今作っている最中だが、それと同時進行で『羽田空港への自転車道』の整備も進めてくれ、ということだ。
どんなに「エコ・エレベーター」をPRしても、「国際空港化」を掲げても、この時代、「自転車でいけない空港」なんて最高にかっこ悪いということを、国土交通省のスタッフ全員がまずは肝に銘じるべきである!
そもそもこれは、時代に逆行している。
あなたは知っていましたか? 羽田空港は自転車で「ギリギリ入れることは入れても」、そこから「脱出」できない空港だってことを?
No bike, No life.
Thank you.
ついさきほど、香港から連絡があり、とある人間の死を伝えられた。
インド西部のムンバイで起きた同時多発テロ。
『ロイター通信によると、死者のうち外国人は6人。死亡したのは、三井丸紅液化ガス関東支店課長の津田尚志さん(38)のほか、オーストラリア人、英国人など。』
この最新記事にある「オーストラリア人」が、なんとぼくが電話で話していた友人(豪州人)の四十年来の親友だったのである。
あまりに咄嗟に起きた、予期せぬ出来事に受話器越しの彼はずっと涙声だった。
小学生の頃から、シドニーで家族ぐるみで付き合ってきたという二人。しかもぼくの友人は、今回犠牲になった方とわずか六週間まえに香港でランチをしたという。
「仕事で近くの広州に来ているから、昼ごはんでも食べようよ」、と向こうから声をかけてきてくれ、わざわざ香港まで飛んできてくれるほどの、優しい心の持ち主。
その罪なき人間の命が、テロという名の残忍な暴力によって一瞬で奪われてしまった。オーストラリアのYahoo!ニュースでは、次のように報じられている。Yahoo! オーストラリア・ヘラルド
「彼は仕事を効率よくやる、というタイプではなく、どちらかというと一生懸命やるほうだった。社交的で、ボランティア精神にも溢れていたんだ。今回も仕事でムンバイを訪れていて....」 言葉にならない小声で、ぼくの友人は搾り出すように言った。
オーストラリアの一部のメディアでは、この豪州人の犠牲者の方が「亡くなった日本人と一緒だった」と報じているという。即ち、今回惜しくも犠牲になった日本人の津田尚志さんの至近距離で銃弾に倒れた可能性もある。
世界が狭くなった今、ぼくやあなたがこのテロの犠牲者になっていてもおかしくなかった。それが率直な感想である。
一方的な要求を求め、何の関係もない人々を巻き込んだ犯行グループの人間たちの卑劣な行為が鬼畜以下であることは、言うまでもない。彼らは、自分たちが行っている愚行がいかに無数の人々の人生を台無しにしているか、そして犠牲者の家族・友人たちに塗炭の苦しみを与えるかを自覚することさえ、ないのだろう。
懸命に生きている無垢な人間の命を瞬時に奪う権利など、テロリストたちは有していない。
こうした狂信的なイスラム教徒たちの虐殺により、敬虔なムスリムたちも被害を被る。なぜならば、「イスラム」「ムスリム」そのものが世界から憎まれるからである。
911以降、この負の連鎖は、とどまるところを知らない。
お亡くなりになった豪州のビジネスマンには、慟哭に震えながらその亡骸を待つ奥さんと二人の娘がいるという。
合掌。
転がる石に、苔は生えない。
英国が生んだ伝説的バンド"The Rolling Stones"と、巨匠・Martin Scorsese監督がタッグを組んだドキュメンタリー・ライヴ映画"Still a light"の試写会を観てきた。(運良く、伊勢丹I Cardの抽選チケットで)
日本では、12月5日公開のこの映画。唸る場面は、少なくない。
デビュー当時の貴重なインタビューを、スコセッシは巧みに何度もインサートしているが、それが1963年から今日まで一度も解散せず第一線を突っ走ってきたストーンズの偉大さを引き立てることに成功している。ミック・ジャガーは、デビュー時は確かに「ジャガー」(ネコ科)のような顔をしていたんだ、と妙に納得してしまった。「犬は飼い主に似る」、というように、「人は名前に似る」のかもしれない。
ストーンズには、ギターリストが二人いる。
Keith Richards(パイレーツ似)と、Ron Woodだ。過去に二人をインタビューしたやり取りが圧巻だ。
Interviewer: キースとロン、どっちがギターは上手なんですか?
R: もちろんオレだよ
K: 質問になってないぜよ
Interviewer: でもロンは自分のほうが上手いって言ってますよ
K:...............
Interviewer: それに対しては
K: ようはね、どっちが上手いかなんて大したことなくてさ、そりゃ二人とも個人としてのプレーはまずまずさ。ただ、大事なことはね、オレとロンが一緒にプレーすると、そこらへんのギタリスト10人かき集めたぐらいのパワーは簡単にだせるってことなのさ(笑)
このシーンはじつに印象的だった。
既存のものを組み合わせることによって、新しい価値を生み出すエネルギー。
まさに、ストーンズと巨匠スコセッシの今回の組み合わせそのものではないか。
Are you "Rolling" everyday?
ストーンズの凄いところは、その名の通り、これまでずっと「転がって=ローリング」してきたことだ。
ぼく自身、在学中に"Out of Order"というバンドを組んでいたことがある(こちらはコチラで、ある意味伝説!)のでわかるのだが、この「バンド」という形態を維持するのは極めてエネルギーがいる。
五人編成だと、犬、猿、ウサギ、ダック、さらに魚さえ混じっていたりする。意見がぶつかり、どこかで風船は破裂する。
あのサザンでさえ、解散したも同然。
ところが、この英国のロック・バンドは、自民党が誕生したあの遠い時代から一度も解散していない。ただ、後者は後者で野党に転落したり、人が出たり入ったり(民主党の小沢氏、鳩山ハトぽっぽ氏、西岡氏らなどはみな元自民)したものの、ここ五十年あまり一度も解散ならぬ「解党」したことがないのも、これはこれで驚異的なことである。
つまり、数的に単純比較することは出来ないが、ある意味でストーンズと自民党は共に「転がり続けている」という共通点があるといえよう。
では、自民党のミック・ジャガーは誰だろう? (答え:総理大臣)
次に自民党のキース・リッチャーズは? (答え:幹事長)
ほな自民党のロン・ウッズは? (答え:官房長官)
最後に、自民党のチャーリー・ワッツは? (答え:不在)
政治に対する自民党の効用はもはやない、とメディアは世論を煽りたてているが、ぼく個人的にはまだ決して見限ってはいない。というのも、公明党とタッグを組む前、そう、何十年も前から自民党は「キャラクター」的に単独政権であった試しはなく、常に事実上の連立政権だったと考えるからである。
即ち、四方八方から様々な意見が出て、ぶつかり合い、シャッフルされ、浄化され、価値を創造する。
こういうリサイクルが、戦後の共産主義という名の敵と戦う自由主義の急先鋒「自民党」を確固たるものにしてきた。
ところが、である。
今日の映画を観て思ったのだが、今の自民党にはミックも、キースも、ロンもチャーリーもいなくなってしまった感が否めない。それが自民党が今、抱えている最大の問題だろう。二兆円定額給付に反対する議員らが、早くも党内で倒閣する動きさえ出始めている。
麻生太郎総理大臣は、ミック・ジャガーが持つ「絶対的な存在感」を勝ち得ていない。つまり、その時点で既に今の自民党はストーンズではなくなってしまっているのだ。
ミック・ジャガーがいないストーンズは、転がる石ならぬ「転がる北京ダック」のようなものだ。誰も一万円ものチケットを払って東京ドームに観にいこうとは思わないにちがいない(ちなみにぼくは、前回彼らが来日したとき、前から十四列目でフィーバーした)。チャーリー・ワッツ役を自認する森義朗氏が、どれだけあの重いボディでドラムを叩こうと、誰も踊らない。
ならば民主党はどうなのか。
これも、ある意味簡単。小沢一郎衆院議員が、ミック・ジャガーに見えるだろうか? 同氏が、名曲"Jumpin' Jack Flash"や"Satisfaction"をロック調で腰をフリフリしながら歌っている姿を想像することは、カラスが鷹を生むより困難だ。カラスは、所詮カラスでしかない。だいいち、十億円余りの政治資金で、都内に8つものマンションを自分の名前で所有している同氏の丸々肥えたメタボディは、ミック・ジャガーどころか、「ニック(肉)・じゃが~」(肉じゃが)と呼ぶほうがふさわしい。
ストーンズとクリントン
どうであれ、自民も民主共に、現段階ではローリング・ストーンズになる決め手に欠けているといえよう。
現実への不安不満はどんな世の中でも存在する。それを解消すべく、内部批判を恐れない政党政治が結局は主導権を握っていく。その点だけで見れば、事実上「内部批判が許されていない小沢独裁体制民主党」には、暗い影が見える(九月の党首選にしても、結局はニック・ジャガー氏のリベンジを恐れて誰も立候補さえ出来なかった。これは極めて異常だ)。
米国で1000兆円、EUで800兆円の資産が吹き飛んだと言われる今回の金融恐慌、そして不景気。
こうした中で今こそ一番大事なものは、「国家意思」以外の何物でもなかろう。日本は今、何をしたいのか、するのかを国内および世界に発信する力。国民を説得する力。
なんとも皮肉なことに、これこそがいまの日本に一番欠けているというディレンマがある。
あの”将軍様”率いる北朝鮮に我が国が劣る点がたった一つだけあるとすれば、この点に尽きる。
つまり、世界第二位の経済大国でありながら、「国家意思」というものを今の日本は持ち合わせていないのではないか、と勘ぐらざるを得ないこの無念、この恐怖。この政治的欠陥、この政党政治の不在。そして、これが道徳道義の欠如から来ていることは言うまでもない。大阪の橋下知事が「子供に競走は必要だ。その切磋琢磨こそが全体のレヴェルを向上させていく」、と発言しただけでお尻に火がついたカンフー・パンダのように大騒ぎする日教組の教員たち、そしてそれを煽る左翼系メディアが未だに影響力を持っているというこの国の病。
これは戦後日本人の精神構造の問題でもある。
よって、教育界そのものを一度「断食」し、リセットし、吉田松陰、武士道をはじめ「私」と「公」という観念を、次世代に教えるところから始める必要があると、最近考えている。なにも、ムダに古い価値観を叩き込むというのではなく、そうした必要最小限なエレメントでしっかり土を固めることによってこそ、「国家意思」という意識がいずれ芽生えることになるからである。
そして国家としての意思があってこそ、世界のためにも本当の意味で貢献できるようになるのだ。
最後に、映画"Still a light"で首を傾げた点を一つ。
ストーンズのライヴのオープニングで、なぜかスーツ姿のビル・クリントンが出てくるのだが(余談だが、ぼくは数年前、同氏の随行員をしたことがある。ダンディな臭いが実に印象的だった)、彼はステージでスポットライトを浴びながらこんなことを言うのだ。
「この偉大なバンドは、地球温暖化の危険性についてずっと警鐘を鳴らしてきた......」
元米国大統領が、"Global Warming"(温暖化)という言葉を放った瞬間、それが当時の"副大統領だった男"の二番煎じにカブッテしまったと感じたのは、果たしてぼくだけだったのだろうか?
どうやらさすがのクリントンも、地球温暖化界の”ミック・ジャガー” にはなれなかったようである。
No movie, No life!
Thank you.
断食修行の旅は、幕を閉じた。
じつに長い3日間だったが、収穫は三年分。"Natural born loser"のぼくにとっては、貴重な経験だったことは言うまでもない。
ただ、なんといっても初日に、あの「横山さんの渋谷火薬爆発事件」が起きてしまったことが衝撃だった。
ぼくが断食で体脂肪を燃やそうと思っている最中に、なんと近所の家が燃えていたのである!
空腹に耐えていると、部屋の窓からみえる青空.........のはずが、どんよりグレーになっているのに気付き、さらに異臭が。
「アース」にあぶりだされるゴキブリのように、家を飛び出すとキラー通りには、「真っ赤なサンタ」ならぬ「真っ赤な東京消防庁防水車の列」。ぼくは、町内会の溜まり場的存在であるお肉やさんのところへ下駄で猛ダッシュしたのだが、(勝手にテープをくぐってしまった。一応、町内会の”関係者”ということで)いるわいるわ報道陣。空にはヘリ。
朝帰りと思われるパジャマ姿のお姉さん(キャバ嬢か?)の姿もちらほら見える。眠たそうな彼女らもまた、部屋からあぶり出された不運なレディたちだったといえる。
「火事ってこんなに臭くなるものなのか」
横山さん宅が火薬庫だったのだろうか、とにかく異常とも思えるほどの煙りと異臭が漂っていたので、ぼくは渋谷駅のサルのように情緒不安定になった。呼吸が苦しい。一酸化炭素中毒............そう、少し前に起こった火災「個室ビデオ店CATSの店内もこのような感じだったのだろうか.....などと鼻を腕で押さえつつ、お肉やさんのテラスいすに座っていると、タカさんのママが突然登場。ポーっとしているぼくをみるやいなや、
「あらあ、きてたのね。遅いじゃない」
「え、ええ。。。まあ」
「ちょうどいいわ。おにぎりできたばかりだから、ほら、食べなさい」、とホカホカのご馳走をポン!とぼくの小さなお口に放り投げるようなグッドタイミングで、ぼくの手のひらに載せてくださったのである。あまりのテンポのよさに、気付いたときにはおにぎりは口のなかに収まっていた。
一酸化炭素が充満する緊張感の中で、安定剤が欲しかったのかもしれない。とにかくそれは衝動的な「おにぎりアタック」であった。そしてモグモグ食べ終えたまさにその時、ボクは自分が断食初日であることに気付いたのだった。
DAY2
この日、夕方あたりから微熱を感じはじめた。
シークレット・ミッション遂行のため、日中は40分ほどフラフラしながらも井の頭通りを自転車で爆走。
こんな時に、何やってんだオレは?
空腹は限界を超え、胃は悲鳴をあげ、ぼくの闘志はますます下がった。ここから、地獄がはじまる。
身体は体内にある糖分を燃やしてから、ビールっ腹などの皮下脂肪を燃やし始めるのだが、糖分は前日の「おにぎりアタック」、そしてこの日の朝に一口食べたみかん半個以外に摂取していないのだから、「ふっ、ついにオレのたるんだわき腹も燃え始めたんだな」と勝手に思い込むようにした。
そうでもしないと、正気でいられない。
微熱。感じながら帰宅。
ぼくはその夜、喉の奥で何かがつっかえているような苦痛にも襲われながら、考えた。
「地球温暖化問題の本質は、地球が熱を出している状態にあることだ。常温36度ぐらいなら快適な人も、38度になると悲鳴を上げるのと同じ。うん、そうだ、そうにちがいない」とベッドで横になりながらさらに突き詰めていく。
「断食ってのは、ようはなまった肉体をスリム化しながら浄化するってことだ。その過程で熱がでる。これはつまり、地球が今、ポンポコリンな人類によって排出される無制限のCO2によって熱を出している、その苦しみに直結しているのだ。。。。即ち、オレは今、地球の苦しみをシンクロ状態で肌で感じているんだ!」
壁に向かってそう叫ぶと、ぼくは頭を無印良品(青山店)で買った枕に何度も叩き付けた。
そう、つまり温暖化問題を論じる人は、みな一度は断食をするべきだということである。
DAY 3
朝、空腹で目が覚めた。
目覚ましが鳴る前に、である。
ぼくは顔を洗うと、小さなみかんを一個食べ、原宿駅へ愛車ブルマン号(イギリス製のMTB)で直行。ちなみに、ぼくは断食とはいっても、PT(Personal Trainer)のTomonster氏に、「みかんは1日三個まで、飲み物は水、ジャスミン茶、麦茶のみ、どうしても耐えられなくなったらハニーをスプーン一杯」という、厳守すべきルールを与えられていた。とはいえ、育ち盛りの青少年であるボクにとって、そもそもみかんなど食ったうちに入らない。
それはさておき。
ぼくが向かった場所は、新宿区下落合にある下水処理場であった。とある取材(これもまた、シークレット・ミッション)で、そこにある下水施設を見学する必要があったのである。
案内してくれたのは、水道局のナイスガイ、ジェフリー(仮名)。
断食三日目に入り、足元フラフラ、意識ユラユラながら、ぼくはジェフに案内されるがままについていった。
「ここの汚水処理場は、主に中野区、そして新宿区の生活廃水を処理してます」
「え、ええ。。」
「アスピディスカ、エピスティリス、ロタリアなどの細菌、といいますか微生物が汚れを食べてくれるのです。。。」
「え、ええ。。。。ろ、ろってりあ? デスか? え?びせいぶつ?」
「。。。。。」
寝てるのか起きてるのか分からない無恥な自分にムチを打つ。Yes, I'm back.
そして最後に、ぼくのお目当てだった機会セクションに到着。
そう、なんと下落合の下水処理場では「飲める下水」(ぼくなりの言い方)がある、ということをぼくは事前に聞いていたのだ!
法律の基準を満たしていないため、基本的に人が飲むことは推奨してないそうなのだが、ぼくは重たいまぶたをパッチリ二重に開いて、言った。
「ジェフ、飲ませてください」
そのテイストなど、詳しいことはまた別の機会に述べさせていただくが、これも断食同様、ボクにとっては仕事だったわけである。これまでに「下水」を飲んだ人も、少数ながらいるだろうが、断食中に飲んだ人はそうはいるまい。
好奇心を武器に、徹底的に追い込む。Good water, Good life...........などと考えている余裕などなかった。
ジェフにお礼をいい、頭を下げるとぼくは再び下落合駅に向かって歩き出した。次なるシークレット・ミッションに向けて。
結論から言えば、三日目の夜がピークだった。塗炭の苦しみという表現をここで使っていいのかどうかはわからないが、平和ボケの飽食国家日本で毎日たらふく中国産の鶏肉を食べてきた自分にとって、「食わない」ということは未知のアマゾン・ジャングルをうろつくことに等しかった。
最後の晩は、あまりの苦しさに「熱さにねぼせて空腹のことは忘れよう」、と渋谷区でも温度が熱いので有名な銭湯に向かったのだった。すると、金曜の夜だというのに米国発金融恐慌による不景気のせいか、恐ろしくガラガラだった。火鍋のなかで茹でられるイカのように、ぼくはバブルがぶくぶくでてくる湯船のなかで、まるで溺れるような体勢で一人、窓ガラスの奥にかすかに映る番頭さんのはげ頭から視線をなるべく逸らさぬよう気をつけた。
土曜日。
地獄の後の天国の到来。この爽快。効用、いや心のなかの紅葉も、満開。
No pain , no gain.
Thank you.