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人生はソムタムである
バンコックに戻った"Green green Tours"一同、その日は雨だった。
翌朝に日本に帰国する人もいれば、ぼくのようにさらにステイする人もいる。「最後の晩餐」は、ここ数日間親しんだ仲間との別れでもあり、ぼくはそれをかみ締めるように豪華なタイ料理を頬張った。
翌日からぼくは、International School of Bangkok 時代の友人の家などに泊めてもらい、下駄で様々な場所を徘徊しはじめた。
Sukhumvit通り沿いの屋台で食べるソムタムは別格である。
ご存知の方もいるかと思うが、ソムタムとはパパイヤのサラダで、タイ東北部のイーサン(E3)地方のもの。若干甘く、しかし辛く、すっぱい。たまらない。ぼくは三度の飯よりコイツが好きだ。
日本のタイ料理屋でソムタムを食べると千円ぐらいするが、現地で食べるとその十分の一で食える。
強烈な排ガスをまいて立ち去る車やバイクの煙に巻かれながら口に入れるパパイヤの感触も、これまた特筆に価するのだ。ありのままのタイ、ありのままのBKK.
整備されておらず傾いた歩道に設置された安っぽいプラスチックのテーブル、チープな容器、シンハービール、そしてソムタム。クソ暑い真昼間にこれを食べると、正直、覚醒する。
そこには大気汚染、大地の恵みのフルーツのシャリシャリ感、メコン川で獲れた魚からとれるナンプラー、唐辛子、太陽の熱気、甘みすっぱみすべてが、ソムタムという名のサラダにぎっしり詰まっているのだ。それを汗だくで食う。まるで人生を頬張るかのように。
これぞタイ、これぞBKK.
月を手づかみできる島
サイクロンで二百万人以上が家を失ったとされる、タイの隣国、ビルマ。
そこから出稼ぎに来ている二十代前半の男女と会ったのは、バンコックから車で三時間、船で三十分ほど東南に下った場所にあるサメッド島であった。
日本人にはまったくといっていいほど知られていない、この島はエメラルド・パラダイス。
足を運んだのが平日だったこともあり、人が、いない。それがまた無人島風の雰囲気を出していてたまらない。
インターネットでググッてもらえたら、島の大きさなどのデータなどはカンタンに入手できると思うので、ここではあえて言わないが、砂浜は赤ちゃんのお尻のように柔らかく、水は多摩川のそれの数千倍透き通っている。
昼はエディ・マーフィを目指して横になり、夜はイケル口ぶりを発揮するためにビールをラッパ飲み。
陽が沈むと、畳二枚ほどの大きさで、高さ五十センチほどの竹の台が海辺に並んだレストランに行く。下駄を脱いで座ると、そこには小さなテーブルがあり、ろうそくがゆったりと萌えている。いや、燃えている(変換ミスだが、残しておこう。ちなみにタイでは萌え系と思える人とは会わなかった)。
波打ち際は目と鼻の先。
快適な波の音、そして真っ暗な海を照らす満月が目の前にあった。そう、それは恐ろしく低く、手を伸ばせば届きそうだったので、じっさいに何度か伸ばしてみた。が、あいにく届かなかった。
「竹取物語のかぐや姫はあそこからきたんだよな」、とどうでもいいことなどを考えながら、それでもぼくの思考は停止状態にあった。
ビールに、トムヤムクン、そして豚肉炒め。
テーブルは十個ほどあったが、ガラガラだ。島を独占しているような身勝手な陶酔感。
同行した友達のパクブンが、「後ろにいる女の子は売春婦だよ」と言った。
確かに、ぼくが振り向くとそこには全盛期のマイケル・ジャクソンばりに焼けた(スリラーのときのマイケル、といっても彼の場合は日焼けではないが)短パンTシャツ姿の可憐でショートカット風のギャルが微笑んでいる。
「ファラン(西洋人の意味)がああいう娘を買うのさ」
どうみても商売オンナには見えなかったが、やはり「無人島」とはいえ、経済は動いているようだ。
どうであれ、「ここに一週間もいたら、シアワセすぎて確実にぼけるな」と月光を浴びながらぼくは浮かび上がる海面につぶやいた。
翌朝、太陽全開。
朝食を済まし、海辺でごろごろしていると宿泊していたVilla のスタッフと思われる女の子が話しかけてきた。
「ジャパン?」
いきなり国名かよ、せめてジャパニーズだろう。ぼくはムカついたので
「タイ」と嘯いたが、すぐにばれた。
基本的にタイにいったらおれはタイ人になれるんだ、と思ってきたが、今回タイに来てみてやはり自分は"Made in Japan"であることを痛感させられる機会が多かった。彼女は二十二歳だという。
ともあれ、タイ語でたわいもない話を少しした後、
「君の田舎はどこ?」と聞いてみた。
「ビルマ、ビルマよ」
「ってあのサイクロンの?大丈夫なのかい」
「パパやママや家族はみな向こうにいるけど、多分大丈夫」 会話の内容とは裏腹に、そこには憂慮を感じさせる表情はまったくない。それどころか、白い歯もみせている。
「軍事政権は好き?」
「わからない」
「ここは好き?」
「まあね。でも暑すぎ」
「ビルマに帰りたい?」
「少しね、でもお金が5000バーツぐらいかかっちゃうからトウブン無理よ」 日本円にして一万六千円前後。月給がいくらかは知らないが、彼女にとっては大した金額だと思われる。
「ビルマに帰るなら、カンチャナブリの橋を渡るの?あれって六十年以上前に日本軍がつくったんだぜ」
猛暑のなか、他に言う事がなかったオレだったが、彼女にはどうでもよかったらしく、軽く笑顔で流された。
サメッド島という名の楽園の経済の土台を支えているのは、こうしたチープレイバーの外国人労働者であることをぼくは知った。
と同時に、その事実は外国人労働者なしではもはや成り立たない日本経済の実態をふと彷彿させた。
需要と供給。供給と需要。
人は求められる場所に行く。
ぼくも汗を流したが、それは所詮はマラソンだった。誰かが作ったコースの上を駆け抜けたにすぎない。それに比べ、ここにいるビルマ人の彼女は家族を祖国に残して、自分でこの孤島で人生のコースを切り開いていかねばならない。もちろん自分だってこれから試行錯誤して、我が進む道を模索していかねばならないが、どうであれぼくは彼女がおかれている境遇に比べ、恵まれている。
少なくとも日本に帰ればモノはある。
Dell のPC, iPod, スタバのコーヒーメーカー"Aroma Gold" 、NTT B fletsの光、イギリス製の自転車、Sanyoのビデオカメラ, 超高級車の合鍵、ボタンを押せば冷たい空気が流れてくるToshiba Air Conditioner.......(彼女の部屋は多分扇風機しかないだろう....勝手な推測だが)
ビルマは軍政下におかれており、世界の最貧国の一つだといわれている。
パソコンの主流OSは、いまだに'98かもしれない。
でも、どうだろう。
昔の人間は、PCもビデオカメラも、iPodもB fletsも必要なかった。
日本人は世界で唯一、ウオッシュレットを生み出し、トイレ空間をエンターテインメントに変えた民族だ。フランスのタイヤ会社が作った「美味ガイド」では、日本が世界一グルメな国として紹介されている。つまり日本という「島」にいれば事実上、プラチナカードさえあれば何でも手に入る。
ところが、ここサメッド島では一億円あってもヨドバシカメラはないし、スタバのフラペチーノも飲めない。ベンツのディーラーもないため地球温暖化に直結する要因を作ることさえできない。オナラを何発かして有毒ガスを放つぐらい。
にもかかわらず、前者の島では年間三万人以上もが自殺している。
後者の島で自殺者がどれだけいるか知らないが、まあ皆無に近いだろう。となると人間にとって本当の喜びとは何なのか、あらためて考えてしまう自分がそこにいた。
さきほど、「所詮はマラソン」と記したが、それでも「されどマラソン」なのかもしれない。
ぼくは今回、初めて猛暑の中のフルマラソンというモンスターに挑み、なんとか完走した。その時の持ち物は、塩飴三つ、と自分の肉体だけだった。つまり身一つ。
モノや外部の要素に頼らず、自分のポテンシャルをいかに発揮できるかが問われるのがこの、古代ギリシャのマラトンの戦いに起因する、マラソンという名の競技の偉大さなかもしれない。いま、そう思う。
これからも走り続けよう。
でも、ちがうお面をかぶって。
Thank you for reading. 雄乃字
ps 以上を持ちまして 「タイランドはワンダーランド」の連載はおわります。続きはあなたがタイに足を運んで書いてください。
朝、フルーツを食べ過ぎたせいか最初の5kmはゲロりそうだった。
しかしながらなんとか持ちこたえ、フルマラソンの半分にあたる最初の21km はノンストップで走りきることができた。これだけでも快挙じゃないか、と早くも自画自賛する自分の甘いボク。
いつの間にか陽も昇っており、東南アジア特有のモンスーン・シーズンの蒸し暑さに汗が無制限に沸いてくる。
苦しくなってきた。
「やっぱりNogucci Mizkiって超人なんだな」と納得しながら一歩一歩重ねていく。
23km地点あたりで、ついにサポート・クルー(撮影クルー)のGreat 3がToyota Hi Aceに乗って登場。
「あ、ああ.....ついに来てくれたんだ.....」 ぼくは胸を撫で下ろした。人間、卑しいもので「人に見てもらっていると頑張れる」潜在意識があるとすれば、ぼくはその筆頭にカテゴライズされるだろう。
急にやる気がもたげてくる.......が、膝が微妙に痛むのと、太ももの裏に張りを感じて力が入らない。
そもそも、ぼくは神宮外苑のランニングコースでここ二、三ヶ月ほどマイペースで走ったりしてきた。毎回走る距離は、七キロ前後で、人生で最長走った距離はトレーニング時の約十八キロだった。
つまりぼくはその時点で、人生初の23kmという自己ベストをマークしていた。
時速七キロぐらいとはいえ、見上げたものだ。(自分を褒めるのはここらへんにしておこう)
プーケット島というのは、じつは山だらけでコースもそこそこアップダウンがある。四十度近い灼熱のなか、ぼくはついにカストロと共に歩きはじめた。25kmチェックポイントで、コールドスプレーをしゅうううううっと太ももの裏、そして右ひざにかけたが(See Movie) 、その時すでに「やばい、連続で23kmも走るとこんなに身体が痛くなるのか。これじゃ完走は無理だぞ」と内心焦っていたのである。
が、そこは天下のDoraeMonster.
いくら似非とはいえ、"D"が弱みをみせることは、フジコフジオ先生が許さない。
ドラえもんだったら、この時点でどこでもドア、タケコプター、もしもボックスのいずれかを四次元ポケットから出せばマラソン終了........なのだが、人生そう甘くはない。
となると、もうここは微笑みの国、タイランド。
大声で笑って現地の人々に意気揚々に語りかけるしかない! 怒鳴りつけるように"I am DoraeMonster, I am great..."と連呼することによって下半身の痛みを消し、さらに自分を鼓舞する戦法を選ぶしかなかったのである。
Movieを見るだけでは分からないと思うが、そう、17kmも残しているのにぼくはそれほど追い詰められていたのだ。
カストロも膝がいたいっす、と口では言っているものの、下半身はプラチナでできているらしくまだまだいけそうだ。
この25km地点で、どらえモンスターは大阪のアスリートタレントである森脇ケンジ氏を抜くことに成功。大昔(東京ラヴストーリーの頃だったろうか)、Mandamかなんかの整髪料のCMで拝見して以来の初対面。「Why is he here?」と一瞬首をひねったが、そうするとお面の角が首の根元にちくっと刺さるので、そういう動きは自制しようと自分にいいきかせる。
30km地点を越えると、ぼくとカストロは「本格的な歩き」に入った。
給水所では水とGatoradeが支給されていたが、後者のほうが身体により早く浸透すると思ったのでぼくはそれを中心に飲んだ。
ご存知の方はおそらく両手の指の数ほどしかいないかもしれないが、じつはぼくはR134 Unitedという鎌倉の「アスリート・チームに所属」している。いや、現時点では「仮所属」かもしれない。というのも、今年5月に行われた100km山越えTrailwalkのレースが怖くて逃げたからだ。つまり四人のチームメイトたちから追放される岐路に立たされていたわけである。
とはいえ、友というのは温かいもので、チームのなかで一番FITなAmmy Monster氏(鎌倉坂ノ下海岸在住)は、ぼくがプーケットに旅立つ前に「いいかどらえモンスター、走っていると胎内、いや体内から塩分が抜けていく。だから渋谷のArt Sportsにいって塩飴って奴をゲットしてたまにぺろぺろナメルといい」とのアドヴァイスをくれていたのだ。
忠実に専属アドヴァイザーの意見を取り入れた小生。
ぴちぴちの黒いスパッツ・ウエアの内側ポケットに、その塩飴を三つほど忍び込ませ、「疲労回復の塩キャンディ」をたまに口に放り込んだ(スタート地点でカストロにも数粒プレゼントした。なんて寛大なんだどらえモンスター)
32km地点をすぎると、この日一番の暑さになった。
日差しが、痛い。
「アルマゲドンか....」と周囲を見渡すものの、ブルース・ウイリスの姿はみえない。ただ、生ぬるい空気と、放射能と一瞬錯覚してしまうほど鋭いサバイバルナイフ的なサンシャインが、ぼくの正常な思考を阻もうとする。が、その時だった。
と、糖分だ。シュガーが必要だ。
ぼくは平行して走っていたToyota Hi AceのなかにいるGreen green, Ricky そしてShachore に「チョコ、チョコレートを投げてモンスター!」と全身込めて叫んだのである。
何を勘違いしたか、Shchoreは車内から500mlの水のボトルを投げてくるではないか。ただ、この一本はありがたかった。正直、赤道直下的猛熱の中で給水所が長いこと現れてなかったため、なんとなく脱水気味になりかけていたような気がしていたからである。
一気に水を半分ぐらい飲み干す。ありがとう、社長。
さらに機転のきくRickyが、Hi Aceを降りてチョコレートのMars bar(だったと思う。これはBangkok Airportで入手していた)をご丁寧に手渡してくれた。中はドロドロに溶けていたが、それでも口に押し込んだ。この時の糖分の摂取が、後半に効いてくるとはこの時点では思いもしなかった。
この時、カストロがぼくの百メートルほど後ろにおり、可哀想なことに糖分にありつけなかったこともその後のレース展開に影響してくるのである!(余談だが、Apple味のPower Barがまだ車内に残っていることを、ぼくは完全に忘れていた)
すぐにキューバの英雄はぼくに追いついた。我々は走ったり歩いたりの繰り返しでなんとか35km地点に到達。
この時、ぼくの右ひざと両モモの裏は激痛状態に入っていた。
給水所のタイ人ボランティアたちの心は、相変わらずもぎたてのマンゴーより柔らかく、ドリアンより香ばしかった。Movieをご覧になればわかってもらえると思うが、なんせぼくの一流のどらえモンスター・トークに付き合ってくださるのだから。動画を見ただけではあの時の真の肉体的痛みと苦しさは到底伝わらないと思うが、カストロも同じだったと思う。空気の生ぬるさと薄さは、youtubeでは残念ながら伝達できないのである。
とはいえ、残すところあと7km.
ここからが正念場だった。1kmがこんなに遠く、長く感じたのはペリー来航の1853年以来だった。
歩いても、歩いても前に進まない感じだ。
途中で時間を確認すると、五時間を回ろうとしていた。ぼくは「冷や汗」をぬぐった。そう、同じくR134 Unitedの発起人であるTomonster氏から「五時間を切れなかったら、チームから除名ね、ジョメー。アンダスタン?」 と出発直前に釘を刺されていたからである。
「よし、こうなったら目標タイムを変更だ。五時間は無理だから、せめて五時間台でゴールインしてキャツを騙そう」
安易な考えではあるが、六時間台というのと五時間台というのとでは、なんせイメージが違う。なんとしてでも、五時間台で滑り込まなくてはいけない。遅れた分については、「熊に襲われた」とでも弁明しよう。
その時、37km地点あたりにいたと思う。
残りの距離と、それにかかる時間を計算するとぎりぎり五時間台で滑り込めるかどうか、だった。危機感が募る。
そうだ、オレはノグチ・ミズキなんだ。
スパートを、かけよう。
DoraeMonsterは、いっきにスパートをかけた。
といっても、走りではなく「早歩き」で、である。
カストロには、「五時間台でゴールインしなきゃいけないから、ペースをあげるぞ!」と叫んだのだが、どうやら彼の耳には届かなかったらしい(後でわかった)。やがて彼の苦しい吐息の音も聞こえなくなった。
下半身は痛みだらけだった。
とはいえ、前年の5月に挑んで完走した100km 山越えレース(小田原~山中湖間・1400m級の山を七つ越える)の時に体験した地獄の痛み(夜通し歩き続けた、雨にもまけず風にもまけず)に比べたら、それは21.3%にすぎなかった。あの時は、登っても登っても頂上が見えてこない湯舟山のような、おれが今でも憎んでいる山があった。ところがこのマラソンでは、殆どが平らじゃないか...
つまり、どんなにここで無茶して早歩きしまくっても、自分の身体が壊れることは決してないということを、ぼくは前年度の体験から知っていたのである。この"Experience"が、ここで意外な火事場のクソ力を発揮することになる。
ぼくの前にいるランナーたちは、足を引きずるように歩いていたが、そこでぼくは彼らの倍以上の速さで歩いた。下りでは走った。腕をとにかく派手に振って前に進む力を増幅させた。その結果、残り4,5キロの「早歩きスパート」で、10人から15人ほど抜き去ったのである!
やがてBang taoビーチがみえてきた。残り2km弱のサイン。
青い、青い大海原に波の音を右手に、ぼくは舗装されていない土の道路を攻める。ああ、ゴールインしたらお面を投げ捨てて、あの海にSingha beer片手に飛び込むんだ!
その一心で、突進していく。
残り800m地点で、Dusit Laguna Resort の建物の脇を急ぐDoraeMonsterに、若き日のブリットニー・スピアーズ似のギャルが、"You can do it, go ! go ! go !" とベランダからシャウトしてくれ励まされる。人の応援というものが苦しいときに、こんなに力を発揮するとは意外だった。それぐらいやってやろうという気持ちになった。
タクシーのおっさんに「キーモン ワ?」(何時っすか?)と息を切らしながらきくと「10時45分」だという。よっしゃ、これならいける。いけるぜ。最後、偉大なるSupport crewが待っているゴールに、日本のアニメキャラのマスクを被ったランナーは転がり込んだ。気になるタイムは5:49:14.
やった、やったんだ! 勘違いランナーは、安堵すると共にもう優勝したも同然の心持ちでタイ・マッサージの姉さんたちが待ち受けるテント・コーナーに倒れこんだ。
通常はせいぜい七、八分で終わりなのだが、DoraeMonsterはやはり「影のヒーロー」ということでナント三十分も揉んでもらったのだった。しかも普通は一人のランナーにつき、「お疲れ様マッサージ」は一人つくところを、なんと"D"には二人の美女がついたのである........
この瞬間、それまでのペインが海辺の砂のお城のように波に流されていった。
「苦あれば楽あり」とはよく言ったものである。
プーケットという島は、またしても怠け者ののぼくに人生の教訓を叩き込んでくれたのであった.........
このコラムを読んで偉大なる"D"に挑みたくなった君は、遠慮なく申し出たまえ。もう私は逃げも隠れもしない。
by DoraeMonster
ps. Thank you Ricky, Shachore, GG for your total support. Castro, you did it baby. (Motco, thx)
BKKのSiam Squareの路地裏にある小さな"food court屋台風"の場所で、地元のオフィス・ギャルたちに紛れ、下駄をカランコロンならながらランチタイムに侵入。わずか25Bだから、75円だ。東京で食べる値段のその十分の一。
なんてことはさておき、本題に入ろう。
今回、ぼくはプーケット国際マラソン42.195kmに挑むべく、タイに飛んできた。
詳しい優勝タイムなどは、 を御覧になれば一発だが、今回はエッセーを何度かに分け、マラソンを含めた「タイ滞在記」なるものを書いてみたらどう?と秘書のジェニーが言うのでそうしてみようと思う(ps.秘書の個人情報公開不可.....)
プーケット国際マラソンは、今年で三回め。
去年も参加したが、今年の決戦日は6/15。しかも10KMだった前回と異なり、今回はフルマラソン・チャレンジ。
ぼくが参加したのは、"Green Monster Tours"(仮称)。総勢十五名前後のツアーで、メディア関係者によって構成されている。
我々はまずバンコクに到着。翌14日には、ワールドカップ・アジア三次予選の日本vsタイ戦が控えていたため、とあるホテルにランチを食べにいくと、サッカー日本代表のユニホームを着た応援団の姿を発見。
背番号10, 「Naka....」までみえたので、ああ、中村俊輔のファンだな、ご苦労である!と労いの言葉をそれを着た小太りのおじさんにかけようと歩み寄った瞬間、"NAKAYAMA"という文字を背中に発見。
「な、なかやま.....」か。
四十を超えたジュビロ磐田の現役選手の名に、ぼくはフリーズし、ポーカーフェイスで彼の脇を素通りした。ショックのあまり、そうせざるを得なかったのである。間違いなく、タイでNakamuraを知っている人はいても、さすがにNakayamaはぼく以上に無名に違いない。
さて。
その決戦の日の14日。チャオプラヤ川沿いの5 StarであるRoyal Orchid Sheratonホテルの28F(最上階)に届いた朝刊(といっても、タイに夕刊はないと思うが)の"Bangkok Post誌" をみると、日本対タイ戦の記事が見当たらない。スポーツ面にはでかでかと「ユーロ2008、トルコのミラクル!」みたいな記事ばかりで、タイ国民の自国サッカー界に対する期待の薄さを実感。最後の最後にようやく「今日、日本とタイが戦います」とのスズメの涙程度の記事を発見。確かに、この三次予選でタイは一勝もできていないから、しょうがないか、と半分ナットク。
6/14午後五時。
Green Monster Toursの個性豊かな面々を乗せたタイ航空機は、プーケット空港に着陸。その瞬間、日本対タイ戦の試合開始のホイッスルが鳴った。
ぼくは、到着するやいなや、スーツケースをピックアップしてバスに直行。最前席に陣取りテレビをSwitch on. チャンネル7から歪んだ映像が流れてくる。しかし映る、映る、映った。
試合開始から二、三十分は経っていただろうか。背番号4の田中Tulioが遠藤のコーナーから飛んで来たボールを、巧みにヘッドでゴール枠内に押し込んだのだ!その瞬間をぼくは不思議にも敵地の南の島の「ホテルへ移動中のバスの中で」リアルタイムで確認したのである。
じつに不思議な感覚であった。
「よっしゃ、これからだぜナンプラー」 と意味不明の独り言をかまし盛り上がろうとするやいなや、突然テレビ画面がCMにスイッチ。これもまた日本では考えられないことである。J2の試合ならともかく、一応は国際Aマッチしかもワールドカップ予選の生中継の試合中に仮にフジテレビが「チョーやの梅酒」のCMを挟んだりしたら、狂信的なレッズのファンたちからお台場に手榴弾が投げ込まれるにちがいない。
と思ったその時、これまた「ワンダー」が起こった。
ぬわんとCM中(車の耐久度を試すヘンなコマーシャルだったが)に、突然サッカー中継の小さな画面が映ったのである!
wow......と小さなどよめきがバス内におこる。
ちなみにこの写真は、ぼくの後ろの席に座っていたGreen Monster Tours参加のAzcerという美女(アナウンサー)に撮ってもらったのだが、 彼女にとっても想定外の放送スタイルのようだ。首をかしげている。
と、次の瞬間、Tulioが車のクラッシュシーンと奇跡の共演。
まったく頓珍漢な組み合わせだが、このポンポコリンさがまたたまらない。
トムヤムクンに、まちがってモンキーバナナが三本ほど「ぽとっ」と落ちたような不意打ち。愛国者のぼくは、ますますテレビ画面に食いついたのだった。
Anyways, ホテルに到着すると同時に前半が2-0の状態で終了。中沢ボンバーヘッドに感謝し、勝利を確信してバスのタラップを満面の笑みで降りたことはいうまでもない(To be continued)
明けましておめでとうございマウス。
When Tsunami-earthquake struck Phuket 2 and a half years ago, over 5000 people died, Thailand alone.
Lives of so many people were forced to change, especially those of the family of the casualties.
Only thing I can pray for, is that such a catastrophe doesn't ocurr again.
So much grief, so much pain.
I have an American friend called Patrick, who is a diving instructor and was in Phuket on Dec.26th, 2005.
"That was a nightmare. Many friends of mine died. It took about a week until rescue from foreign countries came, so I was in the ocean bringing out the bodies of the dead for the whole week" he had told me.
"Did many countries come for the support?"
"Yep. U.S marines sent some ships, and did a good job"
"I see......and the bodies.....did you find them in the sea, and brought them to the shore, one by one?" I asked.
Patrick nodded and said, "You wouldn't imagine how terrible the disaster was. It couldn't be shown on TV. The body gets pumped up like a ballon when it's been in the water for a long time...........and the flesh is unbelievably soft"
I still remember that I felt proud to have a friend who gave a tremindous devotion to finding the body of the casualties.
And now, over 800days have passed since then and peace is back in Phuket once again.
Beautiful ocean and sand along the Patong beach........and we, the "Green-Green" (media tourist group from Tokyo composed of 6 ppls) found a blue sign there when we visited there in mid June.
This sign was set up after the Tsunami earthquake.
If you visit Phuket today, you find this sign everywhere along the beaches, so there is no need to worry where to head for even if you hear the "footsteps of the monster".
To prove that, I will show you another photo.
Yes, this innocent Thai man seemed to be taking a nap till I approached the sign.
The Thai people including him is in very relaxing conditinon along Phuket beaches today. I am pretty sure that you might even hear some of them snorting in hammocks.
So, if you are going to visit Phuket this summer, sleep like a log along the beach, and eat great fruits and sweets like these...
No matter how much you eat, you don't get fat as long as you are in Thailand.
The blazing heat and 15min.swim a day will keep your metabolism rolling.
There is no Michael Moore in Phuket.
Coppun crap!
Life is full of secrets and mysteries........
and I also found one in Phuket.........or "POO"ket......... Plz check out this video clip!
諸君、プーケットで極秘情報を入手してしまった。それを今回、特別に諸君のためだけに「極秘公開」しようと思う。
重大事項は、この仏様がタイ庶民の寄付によって建設されていることだ。つまり、寄付が滞ってしまえばストップがかかる可能性もあるとか.............偉大なる仏教の国、Thailand! ぜひこのムーヴィーをお楽しみいただきたい。Thank you.
猫が好きだ。
あの適当さ、のほほん度、欠伸の長さ、ふてぶてしさ。
このECOの時代にEGO丸出しの生き方。
やはり猫族は、偉大である。核戦争で地球が滅びたら、生き残るのは専門家たちがいうゴキブリじゃなく、猫にちがいない。
タイ語では正式に猫のことを「MEOW」と言う。
これは日本で犬を「ワン」と呼ぶのと同じである。猫は「にゃー」。
なんていい加減なネーミングだろう、これを決めたタイ人の学者は相当な猫好きだったか、さもなくば犬派だったにちがいない。(猫に相当するタイ語を考える労力が惜しいと考えたのだ)
まあ、それはともかく、オレはタイでとんでもない猫に出会ってしまった。
その正体は後ほど述べるとして、まずは右の写真をご覧いただきたい。
(今回にツアーの団長が、グリーンさんという素敵な女性だったのでそこから名付けました)
このお寺はプーケットで一番有名なお寺で、もしかしたら島唯一のお寺かもしれません。ほかにお寺は一度も見かけませんでした。
下の写真のとおり、タイの人々は九割以上が敬虔なクリスチャン........いや、仏教徒。20B(60円)ほど払って、お線香や蝋燭が入った「お参りセット」みたいなものを買い、裸足になって仏様にお祈りをするのです。
奥に三人のゴールデン・ブッダが並んでいるのが見える。
それがこの写真。
そう、何を隠そう仏像は黄金なのである。
タイ人は金色が大好きで、バンコクのワット・アルンをはじめ有名なお寺に行けばわかるが、ほぼすべてのお寺が金箔で輝いている。
チャロン寺の仏像に、オレは「お参りセット」に入ってあった三枚の金箔(3cmの正方形)を取り出した。貼りたい場所に、水をしゅしゅっとスプレーし、その上に金箔を貼るらしい。
「願いごとをしてから貼ってくださいna」、とタイ人の水先案内人の声。
両手を合わせ、世界征服の願い事をしたのはいいものの、肝心の金箔を貼るのがなかなか難しい。「水が、水が多すぎたんだ。封筒に切手貼るときもオレはいつも失敗するしな。こういうのは苦手だぜ」と内心嘆く。
お参りを終え、寺の外に出るとタイの神様である「像」の大軍団に遭遇。
一瞬、恐怖がオレの脳裏をよぎった。
というのも、忘れもしない2003年の夏に名古屋テレビの取材でバンコクを訪れたオレは、市内中心部にあるGrand Diamond Hotel の玄関前でディレクターに「はい、本番十秒前!ユージローは地面の上に仰向け大の字になってフリーズして」と言われ、なったらどこからともなく突然巨大な像がドスっ、ドスっと現れ、オレの華奢な肉体の上をスレスレで跨いで通過したのだった。あの時、一歩間違えたらオレは確実に内臓破裂していただろう。
ああ、像は怖いゾウ..........などと山田君座布団五枚級のギャグを内心つぶやきながら、グリーングリーンの待つワゴン車(TOYOTA)に向かおうとした瞬間、「Meoooooooooooow!」と猫の鳴き声がしたのである。
そう、それはとてつもない猫であった。
この写真のとおりだ。
な、なんてこった。
原宿のKIDDYLANDかココは? と脳みそが一瞬空中浮遊するオレ。
い、いまの泣き声はいったい..........
しかも....だ、dare がこんな恥ずかしいバイクを乗るってんだ? プーケットが親日的なのはこれで十分わかったが、これが実際に商品として売れていることもなんとも不思議。「ハロー」じゃねえよ馬鹿野郎!いきなり驚かせやがって....
天国の本田宗一郎の嗚咽が、一瞬聞こえたような気がした。
「お、オレの魂の結晶にピンクの猫が座っている......」、と。
いや、それともこの声も気のせいだろうか.........
日本で見ることはMission Impossible である「キティ号」を観に、猫派の諸君、プーケットに行こう。
P.S.....タイトルのナーラックは、タイ語で可愛い、の意