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国立競技場で、珍しいものを見た。
日の丸。。。。いや、「クロ丸」である。
その写真をご覧頂く前に、次の動画をぜひ見ていただきたい。
そしてそのわずか2日後、ぼくは再び同地に向かい、今度は中南米代表のパチューカ(メキシコ)VS.アフリカ王者のアルアハリ(エジプト)の試合を観戦したのだ。
試合開始は午後一時四十五分。たまに曇るが、ほとんど晴天。
300158人もの観客が詰め掛けており、会場は熱気に包まれていた。ぼくは友人のストラスブールとビール(共に仮名)と共に、パチューカ側のカテゴリー1の席に陣取った。選手ベンチの真後ろ、前から四列目。最高のシート。
ところが、である。右側に視線を向けると、パチューカの熱狂的な”在日メキシコ人” サポーターたちが、じつに不思議な旗をはためかせているではないか!
そう、何を隠そう。
この右手にある旗は、一見「日の丸」だが、よく見ると赤い◎ではなく、スーパーブラック。これは果たして、パチューカのシンボル・フラッグなのか、それとも親日をアピールせんとする在日メキシコ人たちの好意なのか?ただ、赤いインク代が払えず、安い「白黒」になってものなのか? よく見ると、彼らは他のタイプの旗も振っており、どうみてもそちらの方がチーム・フラッグに相応しいイメージである。
どうであれ、この「似非日の丸」についてご存知の方がいたら、ご一報頂けたら幸いです。(余談だが、午後二時台なのに照明をつけるのは反エコである。少々暗くても、つけるべきではない!)
その真実がどうであろうと、ぼくはその時、あの「偽日の丸」(そう呼ぶことにしよう。異議なし)を見ながら、日本の将来の姿を連想せずにはいられなかった。
現在、日本には100万人の外国人労働者が存在する。その家族や在日韓国人・台湾人などの特別永住者を含めると、その数は200万人になる。群馬県大泉町など、工場勤務の日系ブラジル人が多数暮らす町には、ポルトガル語の看板や、日系ブラジル人向けのアパートや託児所が特別に建造されている。
そう、東京でも吉野屋や松屋をはじめ、様々な場所で外国人労働者の姿を目にするし、また日本経済そのものが彼らのサポートなしではもはや機能しない、という現実がある。
日本の今の人口は約一億二千万人だが、少子化の流れで2050年には9000万人まで激減すると予想されている。まあ江戸時代の日本の人口はわずか3000万人だったのだから、その三倍だと思えば少なくはない。とはいえ、現在の世界第二位の経済規模を考えると、人口はなるべく多いほうがいい。
そこで、政府は将来的に移民庁をつくり、移民の数を1000万人に増やす構想をすでに発表している。
つまり、10人に1人が、外国人になるという計算になる。
この割合は決して少なくない。いや、どちらかと言えば多い。とはいえ、歴史の流れとして我が国が今後持続的に発展していくためには、外国人労働者を両手両足広げ「かもーん、ぷりーず!」とWelcomeする必要があろう。
こうした流れのなかで、重要なポイントを握るのがさきほどご覧いただいた「偽日の丸」なのである。
つまり、ブラジルから日本に来ました。工場で働きはじめました。しかし...
①日本語が読めません
②日本語がしゃべれません
③毎日、ポルトガル語の新聞を読み、ポルトガル語のインターネットラジオを聴きます
④オナラとオカラの違いがわかりません
⑤群馬の伊香保温泉には、チンポを洗わないで飛び込みま~す
⑥神社に初詣に行っても、二礼二拍手一礼の順番がわかりませ~ん。それをサンバの踊りでごまかしま~す
⑦必然的に日系ブラジル人コミュニティの中に引きこもり、地元民との接触が減る。コミュニケーションの欠如。信頼低下
⑧ビザが切れても、シラを切って親族の家の中でピザを食べ続ける。ようは不法滞在。
などなど、様々な問題が浮き彫りになってくるのだ。
即ち、それは「日本に住んではいるけど、日本のことはコレッポッチも理解していない」というエイリアンin Japan の構図である。ぼくにはそれが、あの白黒の「偽日の丸」に見えたのだ。
1000万人構想自体を素晴らしいものだが、これから移民を増やす場合、最低限の日本語の特訓をまず行い、一年後の日本語検定で三級、二年後に二級、そして一年後に一級を取得する、でなければ本国に強制送還させる、といった縛りを設けるべきではないだろうか?
上記の⑦番だが、日本にいる外国人のなかで圧倒的な犯罪率を誇るのも、これまた日系ブラジル人なのである。ぼくは以前、「日系ブラジル人を日本でデビューさせるオーディション」で司会をしたことがある。詳しい内容は忘れたが、その時、ブラジル大使館の関係者も会場に足を運んでおり、偶然配られたとある資料に「日系ブラジル人の圧倒的な犯罪率」というデーターが明記されてあったのだ。
現に、マイクを握って歌ったのは全員が日系ブラジル人だったと思うし、観客もそうだったと記憶している。そんな中、印象的だったのがラスト。なんとサッカーのラモスのビデオメッセージが流れたのである!
詳しくは覚えていないが、「ボクも若いころに来日し、プロのサッカー選手になるべく一生懸命練習した。お金がなくてマックのハンバーガー一個が1日の食事だったこともあった。君たちも、道を外れないで、目標、夢をみつめてそれに向かって絶えず努力していくように。叶えようじゃないか」、といった内容で、ぼく自信、感動で胸毛が震えたのを覚えている(じつはツルツル)
ようはラモスは、日本社会に溶け込めずに万引きなどの犯罪に走る日系ブラジル人が多数存在することに、日頃から心を痛めていて、その打開策としての目標設定というメッセージを送ったのだと思う。ここでもまた、彼の「キラーパス」が健在であった。
TOYOTA CUPを見ながら、このようなコラムを書こうとは考えてもいなかったが、最後に次の二枚の写真をご覧いただきたい。
ちなみに、これまでの話とは一切関係ないことを断っておこう。
これは、木曜日に観にいった国立競技場の席から撮った一枚。
スポンサーのTOYOTA、その隣に場所表示のTOKYO. この二つ、似ていると思いません?TOYOTAの間に”K"を入れれば、
TOKYOTA。
ま、そんな語呂遊びはさておき、続いて土曜日のガンバ大阪 VS. アデレード(豪州)戦からの一枚。
どうだろう?なんという歴史的な一枚だろうか?
そう、スポンサー名と場所の看板がまったく同じなのである! どうでもいいことではあるが、みなさん、これを見るチャンスは今後60年はないと思いますよ、本当に。(TOYOTA CUPは、次回から中東のUAEで開催する予定らしい)
ただ、奇跡が起こればワールドカップ2012年でこの光景を見ることはありうる。
一応、W杯2012年は南アフリカのヨハネスブルグで行われる予定だが、ここは世界一治安が悪い都市であり、大会そのものが開催されないのではないか、と一部の関係者は噂している。しかも、治安が悪い、というのもココは「群を抜いて圧倒的な、不動の一位」という不名誉な称号を手にしている。観戦しに行ったらレイプされてしまった、なんてことになればもう笑い事ではすまない(ホモになって帰ってきた、なんていったら尚更である)。治安の悪さは二位はケニア辺りだそうな。(三位はコロコロ順位が入れ替わっている)
どうであれ、W杯2012が他の場所で開催されるとすれば、その厳しい開催基準を満たしているスタジアムを有しているのは最近W杯を開催したドイツ、日本、韓国あたりになってしまう。よって、2012年日本開催は、少なくとも可能性はあると見ていい。
最後に一言。
日本に1000万人の移民が住むようになっても、決してヨハネスブルグにはなりませんように.....
Good safety, Good life.
Thank you.
バナナは配給制
今日も、売り切れだった。
なにがって、Bananaが................"No Banana, No Life" などと言うつもりはないが、ぼくの近所のTOKYUスーパーの青果担当のGIFFY氏によると、「うちの会社、というかグループではバナナが配給制になっているんです」、とのこと。
「は、配給制?戦前じゃあるまいし」
「え、ええ。でもそうなんです。ライバルの大丸ピーコックさんも多分そうだと思いまっす」
横を首に振りながら、ぼくは愛車ブルマン号に跨り、自転車で23秒の距離にあるピーコック・スーパーへ直行。時計の針は夜10時を指している。毎朝「バナナとヨーグルトと氷をミキサーで混ぜる"Super Banana Magic" 」とぼくが勝手に名づけたフレッシュ・ジュースをつくるためにも、バナナは必需品なのだ。
しかし、Giffyが予言していたようにピーコックでもバナナは売り切れだった。
森喜朗ならぬ森クミコなる歌手が(両方とも体格は似たもの)、バナナ・ダイエットとかいうもので10KG体重を削ったことがTVで流れた頃から、人々の生活のなかで「バナナの存在感が大きく」なり始めたらしい。
「本当にB(バナナの意)を手に入れたかったら、夕方五時までにきてください」、とGiffyが言っていたことを思い出した。
産油国ならぬ「産バナナ国」のフィリピンの農家は大喜びしているのかもしれないが、ぼく自身はここ二週間でバナナを入手できたのは、わずか一回。どうも腑に落ちない。
というのも、これまで180円前後で入手できていたバナナが300円近くに高騰しているにもかかわらず、品切れになる唯一の理由が、「デブな日本人のダイエット欲望」にあるからだ。石油なりパンなり、価格が上昇したものは沢山あるが、「脱デブ」を理由に価格が上がっているのは、Bだけにちがいない。
世界銀行によると、1日$2米ドル(200円)以下で生活している人は、世界に24億人ほどいるという。
地球のどこかで飢えている人がいる反面、日本など先進国ではメタボマンたちが急増中で、しかも余った食べ物を燃えるゴミとして捨てている。この不条理、このディレンマ。
地球温暖化対策として有効とされているバイオエタノールの原料として、トウモロコシが注目されているが、日本のトウモロコシ輸入量は1680万トン(2004)で世界一である。「えっ?世界一?ありえない。うち、食べないよトウモロコシなんて」といくら女子大生が嘆いても、上記の理由はそれが牛など家畜の餌としてまわされているからである。
特に、「霜降り」なる牛肉を作るためには、牛が必要な量異常の餌を食わせて脂肪=FATを増やすため、余計に餌代がかかるわけだ。それを日本人が食って「ああ旨い、でも太っちゃった、どうしよう」と嘆いている。しかも、日本が大量にトウモロコシを輸入するせいことも絡まって、アフリカなどの途上国では穀物類の価格が高騰し、1日に食事が一回しか出来ない人が増えている。
この際、この北京ダック(太らせるダック=ブロイラー)的発想から生まれた「シモフリ牛」というのを、法律で禁止したらどうだろう?だって、トウモロコシの価格は上昇させるわ、日本人をメタボにするわ、その結果バナナ価格も高騰させるわ、といい事は一つもないんだから。
What do you say?
小さな政府は自民党?or 民主党?それとも....
この写真を見ていただきたい。
折鶴。
これを折ってくれたのは、ぼくが尊敬する偉大なるアスリートのAmmy Monster氏(体脂肪率7.3%)。鎌倉の海在住。
断っておくが、マケイン氏にも、オバマ氏にもこのミニマム・サイズで鶴を折ることはできないに違いない。ホッケーMOM(ママ)のペーリン氏には、頼むだけムダというものだろう。売電ならぬバイデン上院議員(民主党副大統領候補)に至っては、「Isn't this a DUCK?」(これ、アヒルじゃないの?)と間違えるにちがいない。
そう。
ここまで小さいものを生み出せる力は、日本特有のものなのだ。
盆栽から携帯電話まで、日本人は小さいものに美を生み出す天才として君臨してきた。中型車・小型車など日本のクルマは80年代からジワジワ世界に浸透していき、石油価格の上昇もあって、いまではPRIUS やCIVICといった日本製のハイブリッドカーは世界中で入荷待ちだ。
つまり、小さいものは消費エナジーも少ないためエコロジーに与えるダメージも少ない。
地球温暖化にもつながりにくい。
ということはすなわち、いま世界中が「日本的美的感覚=Small is beautiful」に感化されている時代になりつつあるといえる。
上の写真には、五羽の鶴が快眠しているが、左からアメリカ、中国、ロシア、イギリス、日本と当てはめるのも面白い。エネルギーの効率順である。そう、日本が世界一のエネルギー効率を誇る国であることは、パリに本部を置くInternational Energy Agency が2004年に”公認”している。
我々は、それを誇りにしていいし、世界一の座を決して他国に明け渡してはならない。だって効率がいいということは、少しのエナジーでより大きなエフェクトを引き起こせるということだし、なんといっても「ボディも小さく」キープできるということに他ならないからだ。つまりメタボになりにくい。
明日にでもTVから早食いや大食いのバカな番組は追放するべきだ。若の鵬が「ロシアの恥」(by 彼のママ)なら、ああいった番組こそ日本の恥である。
さて、ポリティックス。
クルマやライフスタイルは、小さい小さい方向へ流れているなかで、自民党と民主党はどうか。
小泉純一郎政権が誕生して以来、ぼくは基本的に自民=小さな政府。民主=大きな政府 だと考えてきた。
彼は、国債発行額(つまり子供たちへの借金額)を、30兆円に抑えることを実行。郵政民営化も断行。国と地方あわせて1000兆円ともいわれる借金を立て直す財政再建路線を、爆走してきた。
方や民主党は、子供のいるママ軍団に一律二万六千円プレゼントする、とか農家にもっとお金をばら撒きます、と聞こえのいいことを連発しているが、財源をどこからもってくるか不透明だ。
ところが麻生太郎政権になって以来、総理大臣は「日本は全治三年」と宣言。消費税は5%にKEEPし、財政再建するまえに景気対策に力を入れることを明言。つまり、必要なところにはお金をばら撒くということだ。となると、従来の小泉純一郎改革路線とは異なる道を行くわけで、民主党との決定的なちがいを見出すことが我々にとっても少し難しくなってくることも事実だ。
さらに今回の世界恐慌が起こってしまい、日本でも株価が一万円を切って暴落したとなっては、景気対策として税金をジャブジャブ投入せざるを得ない空気もでてくる。
無駄な税金は使わない。
必要なところに、必要なだけの税金を投入する。
つまり、次の総選挙も、さきほど述べた「効率化」を問う選挙になるということに他ならない。
先進国でイタリアと並んで「五人に一人が高齢者」という、超高齢化社会が進むなかで、年金・医療費はこれから右肩あがりになっていく。だからこそ、効率的な国家運営が求められるわけだ。
2005年の郵政選挙の争点でもあった「小さい政府 vs 大きい政府」というテーマは、次の総選挙の判断材料にはならない。
今日もバナナを食べながら、「日本国家ダイエット」をも真剣に考えている日本人がいることを信じたい。
Good bananas to you.
Thank you.
今日は久しぶりに天気がよかった。
昼間、原宿の神宮前二丁目あたりを歩いていると、とあるヤング向け服やの前で爽快な看板をみつけた。
なんというグレートな看板だろう!
この共産党員の顔に貼られている"Final Sale" の角度といい、ポスター全体とこのシールの抜群の色マッチングといい、「これは電通のアートディレクターの担当作品にちがいない」、と勝手にその場で頷くぼくだった。
そもそも、共産党の政治的使命が過ぎ去ったことなど、近所の犬でも知っているだろう。
その賞味期限が切れた政党に、"Final Sale!" と(しかも顔に)貼った洋服店のバイト君のセンスは座布団5枚レベル。ぼくには、「共産党のFinal Sale」とにしか最初は見えなかった。「そうか、ついに共産党の原宿支部は自発的に解散することにしたのか!だからファイナル・セールをするってんだな。ああ、国益にかなった行動を最初で最後にしてくれたんだ!」 、と涙ながらに頭を上下に振ってしまった自分がそこに立っていた。
与党が解散するまえに、共産党が解散する...........なんという感動的なシナリオだろう。
ま、それはさておき共産党。
1989年にベルリンの壁が崩壊し、ソ連が解体したことは、共産主義という哲学が失敗したことを意味した。
簡単に言えば、コミュニズム(共産主義)とは、「沢山働いても、少しだけ働いても給料は同じだぜ」ということだ。つまり、結果の平等を求めるというポンポコリンの骨頂をいっている思想なのだ。これを1848年に考え出したマルクスとかいうユダヤ人のおじさんがこの考えを世に発表したとき、不思議と多くの人がこの哲学を信じ、それが社会システムとして機能すると期待し、それはヨーロッパのレーニンから中国の毛沢東まで広がっていった。
どうして多くの人類が、コミュニズムを信じたのか。これはアガサ・クリスティのスタイルズ荘事件よりも、山村美紗の赤い霊柩車シリーズよりもずっと難しいミステリーといえよう。
だって人間といのは、そもそも千差万別十人十色であり、色も白から黒(中には透明とも言われるマイケル・ジャクソンもいる)、背だって150センチの野口みずきから、230センチほどある中国のNBA選手まで様々。性格だって帝政ロシアのエカチェリーナ二世のような野心家から、北海道のムツゴロウさんのような穏健な方までいる。アイドル一つとっても、アメリカのBackstreet Boysのような一流シンガー軍団から、モー娘。のような賞味期限スレスレなものまで存在する。
そう、つまりコミュニズムの思想には、そもそも矛盾があったわけだ。北京オリンピックのマラソンで優勝した仙台育英高校出身のケニアの選手に、「おいチミ、これから渋谷駅から横浜駅てまえまでの42.195㌔を歩いていきなさい。今後、人生で一度も走っちゃあだめだよ」と言う様なものであり、この理不尽さは人類を様々な意味で進化させる「狂騒」ならぬ「競争」に待ったをかけた。
この「人類を抑圧する思想」は、やがて毛沢東やスターリンのようなモンスターを生むことになる。
天安門広場に巨大な肖像画が掲げられているパンダのようなおっさんは、中国人の本当の意味でのシアワセなんて考えていなかった。だからこそ、1958年にはじまった大躍進という運動では「これからは農村では鉄鋼をつくれ!」という意味不明な号令を発し、二千万人以上の中国人を飢餓で死においやった。
にもかかわらず、自分は毎朝大好きな水泳を平然としていたという。
中国は「中華人民共和国」というのが正式名称だが、共産主義の独裁が続くなかで、「人民」のことなど指導者たちはまったく考えていない。その証拠に北京オリンピックで話題になった「口パク少女」がいる。
実際に歌った七歳の女の子は、「チミは歯並びが悪いからぶー」と影武者に仕立てられたわけだ。つまり、偽者が歌った。毒ギョーザを世界中は食わされたのと同じ。
ここでモンダイなのは、当の中国人にそのことを問いただしても、「え?フツーにあることじゃなくて?」と気にも留めないということである。七歳の少女が傷ついて、今後自分の顔にコンプレックスを感じることなど屁のツッパリとも思わない(柔道のイシイじゃないが)、そうした麻痺した感覚が共産主義独裁によって中国全土に広がってしまったのかもしれない。
つまり、ココ資本主義国家・近代文明国家の日本に、このどうしようもない共産主義を標榜する政党が存在していることこそが、ぼくにとってはハリー・ポッターの数々の魔法よりも、不可解なのである。
原宿とパンダと共産主義
1980年代前半、原宿には竹の子族、というヘンな軍団がいた。
そのタケノコは、そもそも中国からやってきた。英語ではBamboo shoot. パンダの大好物、Bambooだ。今、日本全国の子供たちはじつはポニョよりも、カンフーパンダのほうが好き、という根拠のないデータもある。
反共産主義のアメリカ合衆国が、共産主義国家の中国(チベットの動物ともいわれているが)のアイドル的動物を主人公にしたアニメを作るってのも奇妙といえば奇妙だが、ぼくの知人の話では、それまでか弱かったパンダが、カンフーの技を身に付けて敵をどんどん倒していく、とかいうサクセスお涙頂戴ストーリーだという。
つまり、パンダが暴力を見につけてのし上がっていく光景。
これはまさに、沖縄の海に原子力潜水艦で領海侵犯し続けている中国海軍そのものにぼくには見える。
でも、平和ボケ63年の歴史を誇る我が日本人は、「あらあ、パンダちゃんかわいいじゃな~い、あんもう。。。」とパンダを撫で撫でしながら毒ギョーザをポンポン口に放り込む。先日、総理大臣をやめると宣言したメガネのおじさんなんて、中国警察当局側が「毒は日本側で混入した」という挑発的かつ根拠ゼロの発表に対して、「前向きですね」という愚の骨頂発言をかます。
ようは、ぼくが言いたいことは、この島国はパンダの故郷である共産主義の大陸に骨の髄までむしゃぶりつくされているってことでね。
上の写真のポスターには、「共産党をのばしてください」って書いているけど、これは換言すれば「毒ギョーザをもっと買ってください」って言ってるのと大して変わらない。つまり、最高に笑えないギャグなのである!
他にもこのポスターには、「憲法九条守るため」と書いてるけど、「いかなる戦争行為も認めない」と書いている九条をそのまま守ると、仮に10年後の2018年に中国のパンダ海軍が石垣島のタケノコを獲りにきたとしても、反撃できないということなのである。つまり憲法九条ってのは、聞こえだけは美しいが、ロシアがグルジアをぺロッと最近食べてしまったように、弱肉強食=侵略アタリマエの国際社会のなかではどうしようもない賞味期限切れの骨董品なのである!
この「国際社会ではありえない、異常な憲法九条」を異常を思わない日本人のメンタリティこそが、ぼくに言わせれば異常なんで、正直言って我々はカンフーパンダを観にいっている場合ではないことは言うまでもない。
少し長くなってしまったが、とにかく今回御紹介させていただいたこの偉大なるポスターは、ついにその人類の敵である共産主義、そして共産党を、ついにFinal Saleとして、洋服とともに大バーゲンで売り叩こうというものだ。
繰り返しいうが、あのFinal Saleのシールを貼ってくれた洋服屋のバイト君はタダモノではない。最高に活かす人にちがいない。
そして最後に付け加えておきたいことが一つ。
最近のYahoo Newsによると、最近、若者を中心に、共産党に一万人もが新しく入党したというのだ!小林多喜二のカニの船を取り扱った小説が、プロレタリア(労働者)の権利を擁護する、とのことでバカ売れしているそうだが、この「共産主義へ逆戻り」するような世の動きは、世界第二位の経済大国にとって百害あって一利なし。
確かに人類は資本主義を選んだわけだが、それも決して完全なものではない。
行政によっておそらく意図的に抹消されたのであろう、釜ヶ崎という町には路上生活者が溢れている。大阪市のホームレスは四千人を超えており、これは資本主義がうんだ負の遺産=歪みなのだ。こうした現状があることも、我々は頭の片隅にインプットしておく必要がある。
確かに日本社会には、改善していかねばならぬ点が多々ある。
た、ただ........とはいえ、だからといって悪平等の共産主義に回帰するって!?
No way, no way baby! すでに述べたとおり、それじゃ人間は退化してしまう。
よって今、なんらかの事情で共産党に入党しようと考えている偉大なる諸君!
党本部がある代々木に行くまえに、ここは考えなおしてセクシーねーちゃんがいる岐阜の下呂温泉で入湯しようじゃないか! タダで入れる混浴情報も特別にリークしてあげるぞ。
いや、それでも代々木に行く衝動に駆られたら、入党ならぬ乳頭を連想するんだ。性的な衝動を爆発させ、今すぐ自家発電してほしい。できれば太陽発電のほうがいいが、国益が関わる緊急事態である以上、あまり贅沢も言っていられまい。
Good bath to you.
ps. アメリカ大統領候補のオバマ上院議員の異母兄弟(25)は、毎月一ドル(百円)以下で生活していると、最近欧米のメディアが報じていた。それでも彼らが代々木の思想に染まる気配は皆無である。
国民不在の日本という国
先の自民党総裁選は、結局福田氏の勝利で終わったが、それを決めたのは日本国民ではなかった。
つまり、福田さんのみならず小泉さんも安倍さんにしても「国民に選ばれた指導者」ではなかったわけである。自民党員が選んだ人=自民党総裁=内閣総理大臣というストラクチャーにすぎない。
そうなると、どうなるか。
政治に対する関心が薄れていくのはもちろん、国民は自分が「国を変える、オレが指導者を選んでいるんだ」という自覚を持つことを持てない。
つまり真剣にこの国のかたち(司馬遼太郎風にいえば)を考える人を輩出しないわけだ。
そこが日本がアメリカに遠く及ばない点である。
米国の国民は賢い。
それはCNNやFOXテレビのみならず、最近、イラク米軍司令官を言論で中傷して話題になったMoveon.org を読むだけでもわかるが、米国というのは一見コーラとハンバーガーとケチャップだけの大量消費の国のようにみえるが、市民一人一人は驚くほど賢く、さらに自分の考えをもっていてそれを躊躇せず明確な言葉で発する能力をもっている。
ところが、我が国は悲しいことに先日の自民党総裁選後のNHK街頭インタビューにしても、ハチ公前で「福田さんいい人そう」(女子高生)、「なんか温厚な人柄に期待でそうっす」(二十代のサラリーマン)、「最初はアソーさんかなって思っていたんですけど、やっぱり福田さんもいいですね」(おばちゃん).........etc といったまったくカラッポの発言だらけ。
ただ、ここで一番問題なのは、こうした意味不明の発言はもちろん、こうしたどうでもいいインタビュー内容を全国放送のコンテンツとして使っている番組ディレクターなりプロデューサーのレベルの低さである。
そしてなんといっても、今、この国の人々はこの国で年金問題が起ころうと、石破防衛大臣が不明瞭な政治資金に絡んでようと、テロ特措法に日本が反対してその結果日本への原油提供が滞る事態になろうと、国民一人あたり650万円の借金が1000万円まで膨れ上がろうと............そう、何が起ころうと対岸の火事にしか捉えていないということだ。
真の成熟した民主主義国家だったら社会保険庁の「年金横領詐欺」が発覚した途端、最近のビルマのデモ行進は必ずおこっていただろう。その点、日本人は米国人にもビルマ人にも劣る。
国民の目を覚まさせるには、もう大統領制の導入しかあるまい。
小池百合子前防衛大臣も守谷事務次官と食べたのだろうか?
日清カップヌードルは、1971年に発売されてからつい最近まで、200億食以上も消費されてきたらしい。
年間六億食以上の計算になるわけだが、その統計の中に自衛隊員が食した分も入っているのだろうか?
このレアな写真をご覧いただきたい。
お国を守るのが任務である自衛隊員が、これを主食として毎日食べているのであれば、貧弱ボディ&スタミナで戦場で敵に三秒でやっつけられてしまうだろう。
よって非常食として基地内で食されている、と小生としては信じたいところである。
ただ、日清食品はなぜこのようなスペシャルパッケージを、わざわざ作ったのだろう? 当然ながらこのデザイン料も国民の税金からでていることは間違いないところだが、これを見て、隊員の士気が果たして上がるのかは甚だ疑問である。
士気をあげるなら、デザインは日の丸を真ん中にドン!と置くだけでいいと思う。
もうすぐ退官予定の守谷事務次官が横に大きいのは、これを過去三十年間ずっと食べ続けてきたからなのだろうか?
カップヌードル内閣にならないために
スピーディな時代に、スピーディな食べ物、それぞカップヌードル。
今回の小池百合子氏の一連の流れもスピーディだった。防衛大臣就任、参院選遊説、訪米、そして辞任。まるでカップヌードルじゃないか、このSpeed.......
そう、今の時代、この国では大臣といえども所詮はカップヌードルにすぎないのである。赤城前農林水産大臣しかり、三分お湯をいれて、誰も食さないうちにホッペにバンソコ貼っただけで地元の東北に帰っちゃった。
安倍首相の改造内閣には、カップラーメンが入っていないのだろうか?
同じ「麺」でも、どうせなら目黒のラーメン二郎のように、こってりしてて、粘りがあって腰があるラーメンであって欲しいと願う。
そしてニンニクたっぷり。
そう、カップめんになくてジローにあるものは、まさにGarlic に他ならない。
タイ料理、イタリア料理はじめ、世界の名料理にニンニクは欠かせないのである。よって、国家の家事、いや舵を取る安倍改造内閣の方々に、人を幸せにし火事場のくそ力を生み出す「ガーリックパワー」が秘められているのかどうか、そこが勝負の分かれ目となろう。
カップラーメンは、生ニンニクをぶちこんで食べよう。
Good noodle to you.
それはそれは、暑い土曜日だった。
オレがブルーのタイヤに交換したばかりのMTBに跨いで、北青山を走っていると「かっとばせー や ま だ!」の声援がどこからとなく聞こえてくるではないか。
「神宮球場だな」
高校野球の季節であることをオレは忘れていた。
炎天下で神宮球場の隣にある「神宮第二球場」の前にチャリを停める。パラパラっと人が出入りしているのが見える。「ここだな」。
行われている試合は、東東京大会の準々決勝で高輪高校 VS 関東第一高校であった。
ちなみにこの「神宮第二球場」ってのは、普段は「神宮外苑ゴルフ打ちっぱなし練習場」であり、オレはそこで野球が行われているのをみたことは一度もなかった。
入場料は無料。まあ、ハイスクール・ベースボールだからな。
オレはネット裏の三階席に陣取った。
席は八割がた埋まっている! ただ、普段はゴルフ打ちっぱなしなので席はネット裏しかないのだが。
こちらの写真をご覧いただきたい。
ご覧のとおり、バックスクリーンの奥は道路で、客席などはない。あくまで打ちっぱなしだから。
試合はなんと一回戦から勝ちあがった高輪高校が、奇跡の3ランで三回に3-1と強豪の関東一を逆転。
高校野球はやはり想定外な展開になるから面白いな、ホリエモン...............と上半身裸になる小生。なんせクソ暑いんだからしょうがない。
「青春の野球はやはりオヤジ臭いプロ野球とは一味ちがうぜ、ふっ」と呟いたその時だった。
「ビール、ビールはいかがですかあ? スーパードライの生、おいしいですよお」の声が...........
短パン野球ユニホームのコスプレ姿のギャルが、マシンガンのような「ビールホース」を片手に、この「神聖なる高校野球スタンド」でアルコールを売っているではないか!高校生でも買おうと思えば余裕で買える、この異常な環境。国際的な標準からみたらビールの自販機はもちろん、このようなビール販売もありえないことだ。
周りをよく見渡すと、「うぃぃー」と酔っ払い親父たちの姿が目立つ。
カーン。
ファールボールが一塁側に飛んだ。すると「まさか」な光景が。
それがこの写真である。
そう、右側にはなんとゴルフの打ちっぱなしが!
その向こうのフェンスは、ゴルフボール用の高い高いネット。なんてヘンな「野球場」だろう.......
偶然にもオレの父親は高輪高校出身だったことを思い出し、実家に電話を入れた。
自分の母校が準々決勝まですすんでいることに、嬉しそうなダディの声。しかしふたを開けてみれば4-14のコールド負けであった。
最後に一言。
日本の高校野球では、打者はバッターボックスに入る際に必ずキャップを取って主審にお辞儀をするが、これはやめたほうがいい。
見れば見るほど「お上」に媚びているようにしかみえないからだ。
フレッシュな高校生なら、主審など「権威」を爽やかにぶっ飛ばすぐらいのハツラツさで、いかないでどうする尾崎豊!
武士道では「礼儀」を教えているが、オレは今回、初めて?!生で高校野球を自分の目でみて、高校生が主審に毎回毎回礼儀をするのは、武士道でいう礼ではなく、「自分にとって都合のよい判定をしてくださいね」と密かに根回ししている打算的で卑しい仕草にしか見えなかった、というのが正直なところだ。
だって高校生が主役、なんでしょう高校野球は?!
だから高校の監督はグランドにでてくることは禁止されてるし、指示するときは伝令クンを使う。つまり、「大人は二次的なもの」として排除されているのだ。
ならば、大人=権威=主審だって偉く振舞うべきではないと思うのである。だって諸君、異常に偉そうなんだぜ、この主審っておじさんが..........高校野球ではね.......違和感を覚えるくらい。
まるで明治政府の太政官制度じゃないけど、お上と庶民=主審と高校球児の関係、みたいな。
ウソだと思ったら、夏の全国高校野球をNHKで見て、一試合で高校生たちが何十回、いや何百回主審にペコペコ頭を下げているかカウントしてみていただきたい。情けなくなるくらいの数字に登るだろう。
日本って国も、ペコペコするばかりの大人たちがいい加減自立しないと沈没しちゃうね。
”Crash" というハリウッド映画をDVDで観た。
2005年度アカデミー賞作品賞、脚本賞そして編集賞を受賞しているらしい。
観た場所は、超高級住宅街にある高級住宅の広々とした応接間。
たまたまそこの外国人オーナーが、海外出張にでかけている間の「植物に水をあげる係」に任命された小生、ランニングがてら水をやりにいったついでにせっかくなので豊富なDVDコレクションの中から作「品を1本観てから帰ろう」と思い立ったわけだ。
結論から言ってしまうと、この映画は現代日本の縮図のようだ。
サンドラ・ブロック=
検事という、社会的ステータスのある夫(しかも金持ちのボンボン)の妻の役。子供はいない。金やモノはたんまりあるのに、精神的にいつもイライラしている。小さなことで怒る。見方によってはうつ病。
こういう人、どこかの小さな島国にも沢山いるような気が...........する、するぜ。
映画のラストシーンでは、ツルッと滑って二階の階段から転落し、骨折。
マット・ディロン=
L.A.P.D (Los Angeles Police Department) ロス警察の人種差別主義警察官。
権力を乱用し、罪を犯していない車を止めては違反切符をパッチンパッチン。
ノルマ達成のために切符をきる、どこかの国の警察官や交通監視員のようじゃないか?
さらに彼は、「調査」の名目で車を止めては女性のボディをモミモミ触りまくる、セクハラ警察官でもある。
と一見、単なる鬼畜役にも思えるマット・ディロンだが、家に帰ると深刻な事情が。年老いた父親と二人暮らしの彼だが、年金受給者のパパは家で寝たきり老人のような生活をしており、しかも毎晩、「おしっこがでない、ウンチがでない」とわめきながらトイレにずっと座っているのだ。息子が眠れるはずもない。しかし孝行息子は、文句一つ言わずに毎日毎晩、パパの介護を行うのである。
五人に一人は高齢者という、日本の深刻な高齢化社会の苦悩を彷彿させてくれるマット・ディロンがここにいる。(ただ、最後のシーンでは事故った女性を助け出すというカッコよすぎるシーンが、逆にいただけない。彼には「社会的にワルイ奴」として貫いて欲しかった!)
テレンス・ハワード=
人種差別に苦しむ黒人TVプロデューサー役。
高級車に乗り、社会的地位を得たものの、常に「あぁ、オレは社会的弱者の黒人なんだ」というコンプレックス・呪縛に苦しんでいるテレンス。多民族国家アメリカに比べたら、日本における人種差別はたかがしれたものかもしれないが、コンプレックスを密かに抱いている「お金持ち日本人」は、男女問わず決して少なくないのでは?年間三万人という自殺王国ニッポン、というその淒ましい数字がそれを証明している。
ただ、小生的にはテレンスは黒人でありながら「目がGacktのようにグリーン」であることが、やはり許せない。あれは明らかにカラコンだって。
不良黒人少年たち=
二十代前半と思われる二人の黒人少年は、犯罪のプロである。サンドラ・ブロックの高級車を盗み、それを闇市で売る。クルマで人を轢いても出頭せず、ひき逃げOK。しかも彼らは常に「白人の金持ちからみれば、オレたち黒人はカスみたいなもんなんだよ」、とこれまた劣等感の塊である。
我々日本人の想像には及ばないほど、アメリカ社会で黒人はイジメられているのかもしれない。もちろん日本でもイジメによってマンションから飛び降りる中高生もいるほどで、イジメられることから発生する劣等感・格差間は今後も世界の全人類にとって大きな課題となりそうだ。
つまるところ、映画のなかで、彼らは、そう、社会的格差を強烈に感じながら生きているのである。
それは「格差をなくそう!」との政治パフォーマンスを繰り返す、永田町の民主党とかいう名の寄せ集め政党の党首や幹部たちとは違い、「実体験としての格差」を肌で感じている社会的弱者の痛烈な嘆きといえよう。だって諸君、宇宙人の鳩山由紀夫や小沢一郎が朝のラッシュ時の小田急や井の頭線に乗ったことがあると思うかい?
映画の総論:
結局、この映画「クラッシュ」は、「社会に差別と格差があるがゆえに犯罪が絶え間なく発生する」、という悪の連鎖を断ち切れ、と言いたいのだとオレは思う。しかしながら、共産主義国家ではない日本においては、格差が存在しないことはありえない。
じゃがいも畑を沢山耕した農民にが、フレンチフライを沢山食べる権利があるように、パンティを買った人は、それを穿く権利 がある。パンティを買う汗をも流さずに、となりに叶姉妹がいたからといって「パンティくれよ、一枚ぐらいいいだろ」などとホザクのがいると、問題が起きる。
いや、そもそもどうだろう。
日本では今、メディアも国家も格差、格差と叫んでいるが、世界各国の貧困・格差に比べれば日本はとっても恵まれた国だとオレは思うのだ。だって去年の暮れにインドにいった時なんて、首都のニューデリーの信号でクルマが止まるたびに、4、5才ぐらいの男の子や女の子が花やら新聞やらを売りつけにきたんだ。それで足元みたら、誰も靴を履いてなかった。
日本で4才っていったら、「幼稚園でクマ組」に所属している年頃だろう。靴も買えないなんてありえない。ましてや、この国にパンティを買えない人もいないんじゃない?(一日120円以下で暮らしている人は、世界には12億人もいるといわれている)
ただ、オレの思うにあのインドの少年少女たちの半ズボンの下には下着など存在しなかったと勝手に推測するのだが、それは愚かなことだろうか?
諸君、平和ボケでブタに成り下がらないためにも、たまにはオレと一緒にノーパンになろう。
パンティを買えないほど貧しい人々が世界中にはいっぱいいることを、たまには思い出そうじゃないか。
Thank you, and a good panty to you.
P.S 「ノーパンの会」を今日から発足させることにしました。入会されたい方は、老若男女ご連絡ください。
事務局より。