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断食修行の旅は、幕を閉じた。
じつに長い3日間だったが、収穫は三年分。"Natural born loser"のぼくにとっては、貴重な経験だったことは言うまでもない。
ただ、なんといっても初日に、あの「横山さんの渋谷火薬爆発事件」が起きてしまったことが衝撃だった。
ぼくが断食で体脂肪を燃やそうと思っている最中に、なんと近所の家が燃えていたのである!
空腹に耐えていると、部屋の窓からみえる青空.........のはずが、どんよりグレーになっているのに気付き、さらに異臭が。
「アース」にあぶりだされるゴキブリのように、家を飛び出すとキラー通りには、「真っ赤なサンタ」ならぬ「真っ赤な東京消防庁防水車の列」。ぼくは、町内会の溜まり場的存在であるお肉やさんのところへ下駄で猛ダッシュしたのだが、(勝手にテープをくぐってしまった。一応、町内会の”関係者”ということで)いるわいるわ報道陣。空にはヘリ。
朝帰りと思われるパジャマ姿のお姉さん(キャバ嬢か?)の姿もちらほら見える。眠たそうな彼女らもまた、部屋からあぶり出された不運なレディたちだったといえる。
「火事ってこんなに臭くなるものなのか」
横山さん宅が火薬庫だったのだろうか、とにかく異常とも思えるほどの煙りと異臭が漂っていたので、ぼくは渋谷駅のサルのように情緒不安定になった。呼吸が苦しい。一酸化炭素中毒............そう、少し前に起こった火災「個室ビデオ店CATSの店内もこのような感じだったのだろうか.....などと鼻を腕で押さえつつ、お肉やさんのテラスいすに座っていると、タカさんのママが突然登場。ポーっとしているぼくをみるやいなや、
「あらあ、きてたのね。遅いじゃない」
「え、ええ。。。まあ」
「ちょうどいいわ。おにぎりできたばかりだから、ほら、食べなさい」、とホカホカのご馳走をポン!とぼくの小さなお口に放り投げるようなグッドタイミングで、ぼくの手のひらに載せてくださったのである。あまりのテンポのよさに、気付いたときにはおにぎりは口のなかに収まっていた。
一酸化炭素が充満する緊張感の中で、安定剤が欲しかったのかもしれない。とにかくそれは衝動的な「おにぎりアタック」であった。そしてモグモグ食べ終えたまさにその時、ボクは自分が断食初日であることに気付いたのだった。
DAY2
この日、夕方あたりから微熱を感じはじめた。
シークレット・ミッション遂行のため、日中は40分ほどフラフラしながらも井の頭通りを自転車で爆走。
こんな時に、何やってんだオレは?
空腹は限界を超え、胃は悲鳴をあげ、ぼくの闘志はますます下がった。ここから、地獄がはじまる。
身体は体内にある糖分を燃やしてから、ビールっ腹などの皮下脂肪を燃やし始めるのだが、糖分は前日の「おにぎりアタック」、そしてこの日の朝に一口食べたみかん半個以外に摂取していないのだから、「ふっ、ついにオレのたるんだわき腹も燃え始めたんだな」と勝手に思い込むようにした。
そうでもしないと、正気でいられない。
微熱。感じながら帰宅。
ぼくはその夜、喉の奥で何かがつっかえているような苦痛にも襲われながら、考えた。
「地球温暖化問題の本質は、地球が熱を出している状態にあることだ。常温36度ぐらいなら快適な人も、38度になると悲鳴を上げるのと同じ。うん、そうだ、そうにちがいない」とベッドで横になりながらさらに突き詰めていく。
「断食ってのは、ようはなまった肉体をスリム化しながら浄化するってことだ。その過程で熱がでる。これはつまり、地球が今、ポンポコリンな人類によって排出される無制限のCO2によって熱を出している、その苦しみに直結しているのだ。。。。即ち、オレは今、地球の苦しみをシンクロ状態で肌で感じているんだ!」
壁に向かってそう叫ぶと、ぼくは頭を無印良品(青山店)で買った枕に何度も叩き付けた。
そう、つまり温暖化問題を論じる人は、みな一度は断食をするべきだということである。
DAY 3
朝、空腹で目が覚めた。
目覚ましが鳴る前に、である。
ぼくは顔を洗うと、小さなみかんを一個食べ、原宿駅へ愛車ブルマン号(イギリス製のMTB)で直行。ちなみに、ぼくは断食とはいっても、PT(Personal Trainer)のTomonster氏に、「みかんは1日三個まで、飲み物は水、ジャスミン茶、麦茶のみ、どうしても耐えられなくなったらハニーをスプーン一杯」という、厳守すべきルールを与えられていた。とはいえ、育ち盛りの青少年であるボクにとって、そもそもみかんなど食ったうちに入らない。
それはさておき。
ぼくが向かった場所は、新宿区下落合にある下水処理場であった。とある取材(これもまた、シークレット・ミッション)で、そこにある下水施設を見学する必要があったのである。
案内してくれたのは、水道局のナイスガイ、ジェフリー(仮名)。
断食三日目に入り、足元フラフラ、意識ユラユラながら、ぼくはジェフに案内されるがままについていった。
「ここの汚水処理場は、主に中野区、そして新宿区の生活廃水を処理してます」
「え、ええ。。」
「アスピディスカ、エピスティリス、ロタリアなどの細菌、といいますか微生物が汚れを食べてくれるのです。。。」
「え、ええ。。。。ろ、ろってりあ? デスか? え?びせいぶつ?」
「。。。。。」
寝てるのか起きてるのか分からない無恥な自分にムチを打つ。Yes, I'm back.
そして最後に、ぼくのお目当てだった機会セクションに到着。
そう、なんと下落合の下水処理場では「飲める下水」(ぼくなりの言い方)がある、ということをぼくは事前に聞いていたのだ!
法律の基準を満たしていないため、基本的に人が飲むことは推奨してないそうなのだが、ぼくは重たいまぶたをパッチリ二重に開いて、言った。
「ジェフ、飲ませてください」
そのテイストなど、詳しいことはまた別の機会に述べさせていただくが、これも断食同様、ボクにとっては仕事だったわけである。これまでに「下水」を飲んだ人も、少数ながらいるだろうが、断食中に飲んだ人はそうはいるまい。
好奇心を武器に、徹底的に追い込む。Good water, Good life...........などと考えている余裕などなかった。
ジェフにお礼をいい、頭を下げるとぼくは再び下落合駅に向かって歩き出した。次なるシークレット・ミッションに向けて。
結論から言えば、三日目の夜がピークだった。塗炭の苦しみという表現をここで使っていいのかどうかはわからないが、平和ボケの飽食国家日本で毎日たらふく中国産の鶏肉を食べてきた自分にとって、「食わない」ということは未知のアマゾン・ジャングルをうろつくことに等しかった。
最後の晩は、あまりの苦しさに「熱さにねぼせて空腹のことは忘れよう」、と渋谷区でも温度が熱いので有名な銭湯に向かったのだった。すると、金曜の夜だというのに米国発金融恐慌による不景気のせいか、恐ろしくガラガラだった。火鍋のなかで茹でられるイカのように、ぼくはバブルがぶくぶくでてくる湯船のなかで、まるで溺れるような体勢で一人、窓ガラスの奥にかすかに映る番頭さんのはげ頭から視線をなるべく逸らさぬよう気をつけた。
土曜日。
地獄の後の天国の到来。この爽快。効用、いや心のなかの紅葉も、満開。
No pain , no gain.
Thank you.
So here I am, ladies and gents.
So they decided to export opium, since it brings in huge revenue to pay off in a short period of time. (Talibans in Afganistan are doing the same thing today. I mean, growing opium for money)
Ridiculous thing here is, that this "Lonely Planet" does not mention the fact that after tons of the Chinese people got addicted to opium (as planned by London), Ching dynasty felt the danger of this vicious drug spreading within the society and forbid its people from smoking them.
And when one day, the Chinese side caught and arrested the merchants of the ships(piled with opium) along the Victoria Harbor, the British army declared war on Chinese mainland and won it in 3 sec, forcing the Chinese to sign the Nanking Treaty (1842).......which indeed was the beginning of the colonization of Hong kong.
Not telling the readers about this brutal truth above, the "Lonely Planet" stresses that "Japanese army was brutal killing many civilians, mostly Chinese......." in their world famous book, justifying their deeds like a crusader in the 12th century, however criticizing Tokyo in every terms.
I strongly felt that "hisotory is created", as the old men have said in the past.
In this world, there are said to be more than 6 billion people.
Among that are 1.2 billion people who live on $1 a day. Many of them live in Africa, and south east asia.
On the otherhand, when I went to Hawaii 2 years ago, I was pretty much astonished to see so many posh, lavish American people who ate like a monster. You see, my friend and I went to this buffet-lunch place for $7.95. It was a terrace type restaurant, very close to Waikiki Ohana west hotel.
Around us were the great American guys and super chubby monster girls.
I still remember this white girl who had a body of Oopie Goldberg, although she had to be in Grade 8 or something in highschool. (You can kinda tell, from their converstation)
Let's call this girl........"Fatty Belly", or just FB.
Yes.
FB ate about 3 plates of pasta, 2 plates of huge fried chicken and fries, 2 plates of mashed potatoes, no salad, 5 huge sausages, some macaroni, 2 plates of huge pizza. I thought the war was over, but I was wrong. Then she went to have some strawberry sundaes(icecream), a HUGE one, with chocolate toppings on it, and whats worse she also had some custard pudding with lime jelly or something damn artificial like Michael Jackson.
The "typhoon lunch" by FB was finally over.
But what surprised me the most was that she was drinking nothing but "Diet Coke"
"Is this a damn American joke man?" I asked my friend.
He didn't reply.
Well, the point I want to stress here is that there are so many people like FB around the world.
While some 1.2 billion are starving, FB's are shoving in their food into their smelly mouth.
From the Fortune magazine, I thought it was.....their was an article that I had read about a year ago, and it was about food shortage problems around the world.
In this article, there was a statement as follows.
"2% of the world's population, mainly Americans, Europeans and the Japanese, own more than 50% of the world's wealth"
If this is true, ladies and gents, what an equilibrium we live in.
In my country, Japan, obesity is becoming a huge problem nationwide.
Like a pig in Academy award winning animation "Spirited Away" (Directed by Hayao Miyazaki), we eat and eat and eat, and then sleep on a mat.
We are just like a copycat of the Americans.
We call these fattys "METABO".......like a nickname. We say, "You are super METABO , u know"....and the one who said will feel like he's the mighty god, a victor on a boxing ring. The one who was called that way will sign up with the Gold's gym nex't day.
I run pretty often recently, around a running course about 5min.walk from my apartment.
Taste of Asahi beer is just unreal after you run, and that is one of the reasons I can't quit.
There are people from a 5 yr old to presumably 70, running and sweating under a 35 degrees sun. It's amazing.
Some people carry a little dog in their arms, and walk round and round. I don't know why, but they just do.
There are many things in this world that is incomprehensible.
Just like that "Diet Coke" by FB(Fatty Belly).
Are you a FB too?
朝、フルーツを食べ過ぎたせいか最初の5kmはゲロりそうだった。
しかしながらなんとか持ちこたえ、フルマラソンの半分にあたる最初の21km はノンストップで走りきることができた。これだけでも快挙じゃないか、と早くも自画自賛する自分の甘いボク。
いつの間にか陽も昇っており、東南アジア特有のモンスーン・シーズンの蒸し暑さに汗が無制限に沸いてくる。
苦しくなってきた。
「やっぱりNogucci Mizkiって超人なんだな」と納得しながら一歩一歩重ねていく。
23km地点あたりで、ついにサポート・クルー(撮影クルー)のGreat 3がToyota Hi Aceに乗って登場。
「あ、ああ.....ついに来てくれたんだ.....」 ぼくは胸を撫で下ろした。人間、卑しいもので「人に見てもらっていると頑張れる」潜在意識があるとすれば、ぼくはその筆頭にカテゴライズされるだろう。
急にやる気がもたげてくる.......が、膝が微妙に痛むのと、太ももの裏に張りを感じて力が入らない。
そもそも、ぼくは神宮外苑のランニングコースでここ二、三ヶ月ほどマイペースで走ったりしてきた。毎回走る距離は、七キロ前後で、人生で最長走った距離はトレーニング時の約十八キロだった。
つまりぼくはその時点で、人生初の23kmという自己ベストをマークしていた。
時速七キロぐらいとはいえ、見上げたものだ。(自分を褒めるのはここらへんにしておこう)
プーケット島というのは、じつは山だらけでコースもそこそこアップダウンがある。四十度近い灼熱のなか、ぼくはついにカストロと共に歩きはじめた。25kmチェックポイントで、コールドスプレーをしゅうううううっと太ももの裏、そして右ひざにかけたが(See Movie) 、その時すでに「やばい、連続で23kmも走るとこんなに身体が痛くなるのか。これじゃ完走は無理だぞ」と内心焦っていたのである。
が、そこは天下のDoraeMonster.
いくら似非とはいえ、"D"が弱みをみせることは、フジコフジオ先生が許さない。
ドラえもんだったら、この時点でどこでもドア、タケコプター、もしもボックスのいずれかを四次元ポケットから出せばマラソン終了........なのだが、人生そう甘くはない。
となると、もうここは微笑みの国、タイランド。
大声で笑って現地の人々に意気揚々に語りかけるしかない! 怒鳴りつけるように"I am DoraeMonster, I am great..."と連呼することによって下半身の痛みを消し、さらに自分を鼓舞する戦法を選ぶしかなかったのである。
Movieを見るだけでは分からないと思うが、そう、17kmも残しているのにぼくはそれほど追い詰められていたのだ。
カストロも膝がいたいっす、と口では言っているものの、下半身はプラチナでできているらしくまだまだいけそうだ。
この25km地点で、どらえモンスターは大阪のアスリートタレントである森脇ケンジ氏を抜くことに成功。大昔(東京ラヴストーリーの頃だったろうか)、Mandamかなんかの整髪料のCMで拝見して以来の初対面。「Why is he here?」と一瞬首をひねったが、そうするとお面の角が首の根元にちくっと刺さるので、そういう動きは自制しようと自分にいいきかせる。
30km地点を越えると、ぼくとカストロは「本格的な歩き」に入った。
給水所では水とGatoradeが支給されていたが、後者のほうが身体により早く浸透すると思ったのでぼくはそれを中心に飲んだ。
ご存知の方はおそらく両手の指の数ほどしかいないかもしれないが、じつはぼくはR134 Unitedという鎌倉の「アスリート・チームに所属」している。いや、現時点では「仮所属」かもしれない。というのも、今年5月に行われた100km山越えTrailwalkのレースが怖くて逃げたからだ。つまり四人のチームメイトたちから追放される岐路に立たされていたわけである。
とはいえ、友というのは温かいもので、チームのなかで一番FITなAmmy Monster氏(鎌倉坂ノ下海岸在住)は、ぼくがプーケットに旅立つ前に「いいかどらえモンスター、走っていると胎内、いや体内から塩分が抜けていく。だから渋谷のArt Sportsにいって塩飴って奴をゲットしてたまにぺろぺろナメルといい」とのアドヴァイスをくれていたのだ。
忠実に専属アドヴァイザーの意見を取り入れた小生。
ぴちぴちの黒いスパッツ・ウエアの内側ポケットに、その塩飴を三つほど忍び込ませ、「疲労回復の塩キャンディ」をたまに口に放り込んだ(スタート地点でカストロにも数粒プレゼントした。なんて寛大なんだどらえモンスター)
32km地点をすぎると、この日一番の暑さになった。
日差しが、痛い。
「アルマゲドンか....」と周囲を見渡すものの、ブルース・ウイリスの姿はみえない。ただ、生ぬるい空気と、放射能と一瞬錯覚してしまうほど鋭いサバイバルナイフ的なサンシャインが、ぼくの正常な思考を阻もうとする。が、その時だった。
と、糖分だ。シュガーが必要だ。
ぼくは平行して走っていたToyota Hi AceのなかにいるGreen green, Ricky そしてShachore に「チョコ、チョコレートを投げてモンスター!」と全身込めて叫んだのである。
何を勘違いしたか、Shchoreは車内から500mlの水のボトルを投げてくるではないか。ただ、この一本はありがたかった。正直、赤道直下的猛熱の中で給水所が長いこと現れてなかったため、なんとなく脱水気味になりかけていたような気がしていたからである。
一気に水を半分ぐらい飲み干す。ありがとう、社長。
さらに機転のきくRickyが、Hi Aceを降りてチョコレートのMars bar(だったと思う。これはBangkok Airportで入手していた)をご丁寧に手渡してくれた。中はドロドロに溶けていたが、それでも口に押し込んだ。この時の糖分の摂取が、後半に効いてくるとはこの時点では思いもしなかった。
この時、カストロがぼくの百メートルほど後ろにおり、可哀想なことに糖分にありつけなかったこともその後のレース展開に影響してくるのである!(余談だが、Apple味のPower Barがまだ車内に残っていることを、ぼくは完全に忘れていた)
すぐにキューバの英雄はぼくに追いついた。我々は走ったり歩いたりの繰り返しでなんとか35km地点に到達。
この時、ぼくの右ひざと両モモの裏は激痛状態に入っていた。
給水所のタイ人ボランティアたちの心は、相変わらずもぎたてのマンゴーより柔らかく、ドリアンより香ばしかった。Movieをご覧になればわかってもらえると思うが、なんせぼくの一流のどらえモンスター・トークに付き合ってくださるのだから。動画を見ただけではあの時の真の肉体的痛みと苦しさは到底伝わらないと思うが、カストロも同じだったと思う。空気の生ぬるさと薄さは、youtubeでは残念ながら伝達できないのである。
とはいえ、残すところあと7km.
ここからが正念場だった。1kmがこんなに遠く、長く感じたのはペリー来航の1853年以来だった。
歩いても、歩いても前に進まない感じだ。
途中で時間を確認すると、五時間を回ろうとしていた。ぼくは「冷や汗」をぬぐった。そう、同じくR134 Unitedの発起人であるTomonster氏から「五時間を切れなかったら、チームから除名ね、ジョメー。アンダスタン?」 と出発直前に釘を刺されていたからである。
「よし、こうなったら目標タイムを変更だ。五時間は無理だから、せめて五時間台でゴールインしてキャツを騙そう」
安易な考えではあるが、六時間台というのと五時間台というのとでは、なんせイメージが違う。なんとしてでも、五時間台で滑り込まなくてはいけない。遅れた分については、「熊に襲われた」とでも弁明しよう。
その時、37km地点あたりにいたと思う。
残りの距離と、それにかかる時間を計算するとぎりぎり五時間台で滑り込めるかどうか、だった。危機感が募る。
そうだ、オレはノグチ・ミズキなんだ。
スパートを、かけよう。
DoraeMonsterは、いっきにスパートをかけた。
といっても、走りではなく「早歩き」で、である。
カストロには、「五時間台でゴールインしなきゃいけないから、ペースをあげるぞ!」と叫んだのだが、どうやら彼の耳には届かなかったらしい(後でわかった)。やがて彼の苦しい吐息の音も聞こえなくなった。
下半身は痛みだらけだった。
とはいえ、前年の5月に挑んで完走した100km 山越えレース(小田原~山中湖間・1400m級の山を七つ越える)の時に体験した地獄の痛み(夜通し歩き続けた、雨にもまけず風にもまけず)に比べたら、それは21.3%にすぎなかった。あの時は、登っても登っても頂上が見えてこない湯舟山のような、おれが今でも憎んでいる山があった。ところがこのマラソンでは、殆どが平らじゃないか...
つまり、どんなにここで無茶して早歩きしまくっても、自分の身体が壊れることは決してないということを、ぼくは前年度の体験から知っていたのである。この"Experience"が、ここで意外な火事場のクソ力を発揮することになる。
ぼくの前にいるランナーたちは、足を引きずるように歩いていたが、そこでぼくは彼らの倍以上の速さで歩いた。下りでは走った。腕をとにかく派手に振って前に進む力を増幅させた。その結果、残り4,5キロの「早歩きスパート」で、10人から15人ほど抜き去ったのである!
やがてBang taoビーチがみえてきた。残り2km弱のサイン。
青い、青い大海原に波の音を右手に、ぼくは舗装されていない土の道路を攻める。ああ、ゴールインしたらお面を投げ捨てて、あの海にSingha beer片手に飛び込むんだ!
その一心で、突進していく。
残り800m地点で、Dusit Laguna Resort の建物の脇を急ぐDoraeMonsterに、若き日のブリットニー・スピアーズ似のギャルが、"You can do it, go ! go ! go !" とベランダからシャウトしてくれ励まされる。人の応援というものが苦しいときに、こんなに力を発揮するとは意外だった。それぐらいやってやろうという気持ちになった。
タクシーのおっさんに「キーモン ワ?」(何時っすか?)と息を切らしながらきくと「10時45分」だという。よっしゃ、これならいける。いけるぜ。最後、偉大なるSupport crewが待っているゴールに、日本のアニメキャラのマスクを被ったランナーは転がり込んだ。気になるタイムは5:49:14.
やった、やったんだ! 勘違いランナーは、安堵すると共にもう優勝したも同然の心持ちでタイ・マッサージの姉さんたちが待ち受けるテント・コーナーに倒れこんだ。
通常はせいぜい七、八分で終わりなのだが、DoraeMonsterはやはり「影のヒーロー」ということでナント三十分も揉んでもらったのだった。しかも普通は一人のランナーにつき、「お疲れ様マッサージ」は一人つくところを、なんと"D"には二人の美女がついたのである........
この瞬間、それまでのペインが海辺の砂のお城のように波に流されていった。
「苦あれば楽あり」とはよく言ったものである。
プーケットという島は、またしても怠け者ののぼくに人生の教訓を叩き込んでくれたのであった.........
このコラムを読んで偉大なる"D"に挑みたくなった君は、遠慮なく申し出たまえ。もう私は逃げも隠れもしない。
by DoraeMonster
ps. Thank you Ricky, Shachore, GG for your total support. Castro, you did it baby. (Motco, thx)