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多分、これを書いても信じてもらえないかもshe ray ma sen......
それを覚悟で、今回はこのコラムを書かせていただこう。
ぼくがこよなく愛する、舞蹴雀村。Michael Jackson. マイケル・ジャクソン。
まさか彼が、この地上から消えるなんて「重力って存在するの?E=MC2?」って東大理工学部キャンパス内で現役生に放つほどのアンビリーボー。超愚問。Goo Mon.
狼少年になる覚悟で言うけど、ぼくはマイケルと四川、いや視線を交わしたことがあるんだ。
しかも、六本木のロァビル前で。
「なんでロァビルなんだ?ドンキーの前にそもそもマイケルがいるわけないだろうこのポンポコリンが!」 とのお叱りの声が、聞こえる。はい、聞こえます。
でも、本当なんです。きっとこのコラムの読者の99.9998% には信じてもらえないと思うけど、ぼくの中ではあれは本物のマイケルだったと今でも確信している。これまで何度か、大学の友人らに「おれ、ジャイケル・マクソンに会ったんだぜ」と言ったことがあるけど、きゃつらはみな口を揃えて「うん、やっぱりマイケルじゃなくてジャイケルだったんだよ。そっくりさん、イムニダ」とかわされるのがオチだった。
人生、誤解だらけ。
でも、今回、ぼくがカラオケで必ず歌うBilly Jean, Thriller, Beat It などの創造の主であるマイケル・ジャクソンが天国にテイクオフしてしまった今、あのとき、あの場所で(といってもロァビル前)起こった奇跡について真剣に、そう、とっても「真剣」に語らせていただきたい(読者のみなさん、pls follow me..please..my dear..)
マイケルon my mind
あれは、おそらく1999年から2002年の間の「とある日」だったと思う。
正直、覚えてないんだ。覚えてない。ただ、覚えているのは、六本木でマイケルに遭遇したこと。黄昏時、ぼくは外苑東通りをチープなジーンズを履いて歩いていたんだ。季節も覚えていない。とにかく、サザエさんのたらちゃんが学校での授業後におうちに帰るように、ごく当たり前に歩いていた。
そこに突然、右手に突然現れたモンスター級リムジン。
黒い、モンスターが停車したんだ。確かロァビルの「大島ラーメン」のちょっと先ぐらいの箇所だった。「う、うう?」 と当然ひるむボク。すると中からマイク・タイソンが2,3、名でてきた。そう、バディガードたち。その直後だった。マイケルが、そう、あれは絶対にモノホンのマイケル・ジャクソンが「下車 in Roppongi」したのである。
ぼくの「う、うう?」 は、「ほ、ほほぅ?」 にその瞬間変わった。
これまで音楽ビデオでしか観たことのないジャイケル・マクソンが、その瞬間「マイケル・ジャクソン」として、モノホンとして目の前に、そう、距離にしてたぶん5メートル先に出現したからである。(ここまでの話は、すべて本当です。少なくとも、ボクのなかでは真実中の真実)
「ほ、ほわっつマイケル?」
などといったやわなデブ猫漫画のギャグを言っている余裕もなかった。
そもそも、ボクとマイケルとの出会いはオーストラリアの小学校時代にさかのぼる。
1980年代前半、ぼくは白豪主義がいまだ色濃くのこる豪州のSouth Australia州の州都・Adelaideに住んでいた。Daddy Mommy, Big sis, Big, Broと一緒に、である。当時(今は知らないが)、ど田舎だったアデレードで、ぼくはMichael Jackson に出会った。というか、テレビやラジオからBilly Jean やBeat it などが下水道の水のように連日連夜放送されていたのだ。
ぼくのねーちゃんは、英国ロック歌手のDavid Bowieの野外コンサートに繰り出していたと記憶している。Culture Clubのボーイ・ジョージなども大ブレイクしていた。今から思えば、マイケル・ジャクソン情報にずっと前から精通していたのはぼくの兄ということになる。Jackson FiveのLPレコードが家にあったのを覚えているし、それを買った張本人だったからだ。ぼくが通っていた現地の小学校にSpadeというどうしようもないクソガキ(といっても同級生)がいて、いや、本当にどうしようもないくらいどうしようもないヤツでね、これが。小学校五年生のくせに、学年アイドルのMaggieと算数の期末テスト真っ最中にキスはおろか、その五万倍農奴、いや濃度の濃い「ランデブー」を堂々とかます男だった(なんとテスト中にpettingしていたのだ!)。構内でタバコは吸うわ、ここで書けないsuper eroticなことを、先ほども言ったけど「テスト中に」ヤッてしまう、大ばか野郎だったわけで、ああ、彼の前ではぼくも単なる「農奴」以外の何ものでもなかった....
本題に戻ろう。
このクソがきんちょのWadeが、放課後になると「ユージロー、おまえんちに行っていいか?」と言ってきたりする。その時は要注意だ。つまり、日本人の家庭は基本的にそうだが、放課後に友達が家にくると「おやつ」ってやつがでる。少なくとも、当時のオーストラリアではこれは極めて珍しい現象だったんだな。そう、ようは「日本人の家に放課後にいけば、タダでおやつが食える」という方程式が成立していて、これがこの計算高いクソガキの脳裏に確実に焼きついていたのだ。(放課後になると、うちに来たがるJonathanという同級生もいたな。彼なんて9人兄弟かなんかで、放課後に家に帰っても食うものがないので毎日のようにうちに「忍び込もう」としていた)
さて。
このSpade野郎が、とある放課後、うちに来た。おやつを食って帰るだけならいいが、小5か小6のくせにうちの広い広い庭でいっちょまえにタバコをふかすもんだからたまらない。しかも勝手に庭の桃の木から、処女のようなぴちぴちのピーチをもぎって食っていた記憶がある。当然、ことわりもなく、である。
その日、その嵐を呼ぶクソガキが帰ってから、問題が発覚した。
なんとマイケル・ジャクソンがヴォーカルを務める"Jackson 5"のLPがなくなっていたのである。そう、Spadeのタコが盗んだのだった。茹蛸(ゆでだこ)のように怒り狂ったbig broの表情までボクは覚えている。
ほわっつマイケル?
愛すべきマイケルが天国に旅立った今、こうしたどうしようもない記憶が今、ぼくの脳裏をよぎっている。ぼくにとって、マイケルはオーストラリアという枠を超えて「少年時代」そのものだった。
彼を変態だとか、少年をぺろぺろした、とか非難する似非人権主義者のおばちゃんとかがこの世の中にはうじゃうじゃいるが、そうした誤解などまったく気にする必要はない。彼は天才だった。そして我々はマイケル・ジャクソンから1000万トン級の喜び、としてエナジーを得た。そもそも、例の「Neverlandで少年をぺろぺろ疑惑」だが、なんで親が自分の子供をネバーランドに預けるのか? ちょっと身体に障るぐらいのスキンシップなど覚悟で我がコを送り出したにちがいないし、最初から金銭目当てで自分の子供をネバーランドに「売った」にちがいないのだ。(映画「闇の子供たち」じゃないが、反吐がでるくらい低俗な親たちの陰謀であることに、我々は騙されてはいけない。この問題を煽って売り上げ拡大を図ったメディアの罪は限りなく大きい)
マイケル・ジャクソンという偉大な男を、歴史的な見地から見つめる大きさが我々には必要なのだ。(もちろん、1993年のDangerous Tour in Tokyo Domeにもぼくは行った)
彼を奇行・変態扱いし、彼を衰弱させようとした社会勢力がいることは、人類全体にとって大きな損害である。そうした勢力は、今もフリチン状態で世の中を闊歩している。キミもぜひとも、隣人を見渡してみてほしい。いい人ぶってながら、結局は誰かを貶めようとしているチンカスのような子羊の群れがいることを、ぜひとも意識していただければ、と。
最後に、そう、ロァビル。
黒い長いリムジンから出てきたマイケルは、サングラスをかけたまま、目の前のボクに微笑んだのだ。その瞬間、ぼくが宇宙空中浮遊(Moon Walk)状態に陥ったことは言うまでもない。
誰がなんて言おうと、あれはマイケルだった。
そう、確か一人だけ、とあるアメリカの映画会社の人だったと思うが、裏情報を当時、ぼくの耳元で囁いてくれたことがある。
「確かに、マイケルはとある秘密交渉をするために今、極秘で来日しているよ。だから君が会ったのは本物かもしれない」
ボクのこのコラムを狼少年の雄たけびととらえるのかどうかは、もちろんあなた次第である。
天国で、笑みを浮かべつぶやいている彼の声が、聞こえる。
”Who's Bad?"
Thank you, and a good moonwalk to you.